映画『タンジェリン』――マイノリティたちの最低なクリスマス(前編)

 

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映画『タンジェリン』――マイノリティたちの最低なクリスマス(前編)

2017.11.03


©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.



マイノリティ・シネマ・リポート、今回は2015年のアメリカ映画『タンジェリン』をご紹介いたします。日本では今年(2017年)の1月より渋谷のシアター・イメージフォーラムほか、全国数館で公開されました。

   

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トランスジェンダーの主人公

映画の舞台はロサンゼルス。といっても『ラ・ラ・ランド』に出てきたようなキラキラ輝くロサンゼルスではありません。夢を追う若者たちが「自分を見出してくれる誰か」の出現を心待ちにして、胸を躍らせながら夜な夜なパーティーに繰り出すような、カラフルなドレスを着てこちらへ向かって歩いてくるような、そういうロサンゼルスでは断じてありません。
 
そうではなくて、『タンジェリン』は同じロサンゼルスのなかでも、良くいえば生活感のあるエリア、悪くいえばガラの悪いエリアが舞台です。ドラッグや売春が横行する地区です。

クリスマス・イブのロサンゼルス。物語は交差点の角にあるドーナツショップから始まります。1個のドーナツを分け合いながら雑談を交わす2人の女性。シンディアレクサンドラの2人は娼婦として生計を立てています。シンディは28日間の刑期を終えて出所してきたばかり。

 

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シャバへ戻ったばかりのシンディに対して、親友のアレクサンドラは会話の流れから、服役中にシンディの彼氏が浮気していたことを本人の前で言ってしまいます。それを聞いたシンディは烈火のごとく怒って言います。「よりによって本物の女と?」。そうです。シンディとアレクサンドラはともにMtFのトランスジェンダーなのです。
 
「そのクソ女、どこにいるのよ」「見つけ出してブチのめしてやる」シンディの怒りは収まりません。ここからシンディとアレクサンドラ、そして周辺の人々を巻き込んだ最低のクリスマス・イブが幕を開けるのでした。

 

 

素人のトランスジェンダー女性を起用 

シンディとアレクサンドラを演じるのは、キタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラー。2人は実生活でもトランスジェンダー女性として暮らしているのですが、驚くべきは2人ともこの『タンジェリン』に出演するまで、役者としての経験がまったくなかったということです。つまり素人のトランスジェンダー女性を捕まえてきて、映画に主演させているのです。
 
それだけでもじゅうぶんすごいのですが、さらに驚くのは2人の演技の上手さです。上手いというか、自然なんですよね。実生活でも友達同士の2人だからこそなせる業なのでしょうが、会話が自然で、そして何よりむちゃくちゃ面白い。『タンジェリン』は会話劇としても非常に面白く作られていて、会話がこの映画の大きな魅力になっていることは間違いないのですが、まあとにかく2人とも口が悪い。口を開けばFワードが飛び出す。ですから冒頭のドーナツショップでのやり取りなんかは、ちょっと『パルプ・フィクション』を思い起こさせるような雰囲気もありました。

全編をiPhoneで撮影 

ところで『タンジェリン』という映画は、そのユニークな撮影手法でも話題を呼びました。なんとこの映画、全編をiPhoneのみで撮影しているのです。正確には、アナモルフィックレンズ(画面をより横長にするためのレンズ)を装着した3台のiPhone 5sで撮影されています。
 
超低予算で『タンジェリン』を作り上げたのはショーン・ベイカーという監督。彼はこれまでずっとインディペンデントで映画を撮ってきた人で、本作でも監督・脚本・撮影・編集すべてに携わり、そのインディペンデント魂を遺憾なく発揮しています。自らロサンゼルスのLGBTコミュニティに入ってゆき、素人のトランスジェンダー女性を主演に抜擢したのもベイカー監督です。iPhoneを使った撮影も低予算という制約のなかで生まれた苦肉の策でしたが、『タンジェリン』においてはこの撮影方法が見事に功を奏しています。
 
というのも、一般的な映画の撮影に使われるカメラと違ってiPhoneは圧倒的に小さいですから(わざわざ言うまでもないですが)、通常よりも役者がカメラを意識せずに演技できるわけですね。トランスジェンダー女性たちのあまりにも自然な演技は、彼女らの才能はもとより、こうした技術的な部分によって引き出されたものでもあるのです。

 

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さらに当然、iPhoneで撮られた映像というのは、一般的な映画の映像とはまた違ったものになってきます。全体的にパキッとした画面で、前景だけでなく後景にもピントが合っている。だからたとえば道ばたで人物が会話をしているようなシーンでも、その奥にある建物とか、道路を走っている車とか、道行く人々の様子とかがくっきりと映っています。これはすごく面白くて、はじめに「生活感のある(エリアが舞台)」と書きましたが、この強烈な「生活感」は、画面の背景にはっきりと街の様子が映っていることから生まれている感覚なのかもしれないな、と思いました。
 
で、この「メイン以外の部分も映っている」というのは、『タンジェリン』のテーマにとってもけっこう重要なファクターであるように思えました。後半はそうした観点から、『タンジェリン』が描くマイノリティのあり方について書きたいと思います。
 
 
後編へつづく)
 
 

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レインボーライフ映画部


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