小説『軽薄』がレズビアンに教えてくれた愛情

 

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小説『軽薄』がレズビアンに教えてくれた愛情

2018.10.09

あの頃にはあの頃の地獄があって、今は今の地獄がある。自分の生きていた世界が美しかったことなど、一度もないのだ。
(金原,2018,p131)

 

●金原ひとみ『軽薄』を読む



 
こんにちは、最近周りにちゃくちゃくとカミングアウトを始めた銀シャリ子です。
人間の友達よりもこれまで読んだ本の数の方が多いのでは…?と自覚し始めたわたしは、つい最近紀伊国屋で金原ひとみの『軽薄』という本を見つけました。
   

18歳の頃、カナは元恋人に刺されるも一命を取り留めた。29歳の今、仕事も夫と幼い息子との家庭も充実しているが、空虚な傷跡は残ったままだ。その頃、米国から姉一家が帰国しカナは甥の弘斗と再会。19歳になった彼に激しい愛情を寄せられ、一線を越えてしまう。カナに妄執する弘斗は危うげで、そしてある過去を隠していた──。二人を繋いでしまった、それぞれの罪と罰。喪失と再生の純愛小説。


出典:amazon 軽薄
  
  まずこの表紙、ドンピシャな方にはドンピシャなのではないでしょうか。
表情の見えない女性と、真っ白なワンピース。無防備な首筋、誰がこのファインダーを覗いているのか、とても気になる表紙に、一瞬で惹きつけられてしまいました。
 
今回はレズビアンであるシャリ子の視点から、しっとりと『軽薄』のブックレビューをしていこうと思います。
 

『軽薄』がオススメな人


・最近何か物足りないと感じる人
・好きなものはすぐにでも欲しい
秘密の関係に焦がれる人
 

 

●生っぽい『視線』の絡み合い



 
私が本や映画などの作品を見るときにひとつ注目しているのは、登場人物たちの『視線』です。
例えば昨年話題を呼んだ『君の名前で僕を呼んで』のカメラワークなどではそれが顕著に出ていると感じました。

君の名前で僕を呼んで(字幕版)

ティモシー・シャラメ演じる主人公のエリオが、見上げるような形で少し下の方から、長身のアーミー・ハマー演じるオリヴァーをカット内に捉えています。
映画だと視覚的に視線をとらえやすいですが、本だとなかなかうまくいきません、ぶっちゃけた話。
 
でもそれが丁寧に、緻密に表現されているのがこの『軽薄』という世界です。
 

『母親から息子への視線』


ある夜、主人公であり一児の母であるカナは8歳の息子に「一緒に寝てほしい」とせがまれて、同じ布団に入ります。さらに「ぎゅっとしてほしい」とのおねだりに、カナは息子に嫌悪感を抱きます。その理由は、息子の性の目覚めに気づいていたからでもありました。母親を通して女を見ている息子に気づいていたからこそ、同じ布団に入ることや抱きしめることへの嫌悪感を抱かざるを得なかったのでしょうか。カナの息子に対する不信な目線はカナというキャストを理解する1つの大きなポイントになります。
 

『叔母から甥への視線』


弘斗からカナへの視線は常に「」でした。
けれどカナは違いました。息子を持つであり、弘斗の叔母であり、そしてようやくと自覚できるのです。そんなカナは、甥の弘斗とセックスをするときだけ都合よく女になれました。母親や叔母や大人というしがらみのフィルターを破り捨てることができる唯一の居場所が弘斗だったのです。カナにとっては自分をまるごと愛してくれる、そんななくてはならない独占欲の強い目線で、弘斗を序盤から見ていたのだと思うと、カナのしたたかさを感じることができます。
 

『カナから義兄への視線』


ここは先の2件の視線とはまた違い、文章の展開として惹きこまれる箇所になります。甥である弘斗との関係がばれてしまったカナは、弘斗の父でありカナにとって義兄から、弘斗の真実の素性を約2ページにわたって途切れることなく明かされるシーンがあります。2ページずっと、義兄の会話文で埋め尽くされており、カナがいかに弘斗の素性に集中しているか、それがとてもよくわかる場面となっています。一言一句聞き逃さないように、カナは義兄を通して弘斗の過去を覗いていました。言うまでもなく、じっとりとした詮索の目線です。
 
そのどれもが、視線を生々しく描き、まるでフィクションではない実際にあった話のように、物語の輪郭を薄黒く縁取っています。
あえて引用はせずに、ぜひ『軽薄』を実際に読んでほしいと思い、解説のみにしています。
※引用するともう止まらない……、好きすぎて。
 

 

●きよらかなセックスシーン


 
小説など本におけるセックスシーンは、視覚と聴覚を満たす映画とはまた違い、文字のみの無機質な表現で視覚のみを浸透してきます。
文字だけで、その瞬間の情景を自分の頭の中で組み立てなければなりませんが、その組み立てパーツが精巧であればあるほど、思い描くのは難しく感じません。
 
それが今回グイっと惹きこませた金原ひとみのセンスです。
 
例えば冒頭、強引で不自然な引き寄せあいから始まります。物語のすべての始まりであり、歯車の外れた瞬間を、この冒頭に持ってくることにより、読者は事件の目撃者第1号になりえるわけです。この時はまだ引き返せる、けれど止められない激しい熱情は、次第に2人を叔母と甥という関係から男と女という関係へ引きずり込みます。
または中盤、2回目のセックスを終えて帰宅の準備をするカナに、あるハプニングが襲います。さっきまで幸せだった、夢中になれた空間は束の間、一気に情熱を氷水に沈められるような感覚に落とし込みます。これにより、きよらかさの中に熱を感じることができ、いよいよのぞき見している場合ではなくなります。
 
私にはこれが限界です、精巧な金原ひとみのイメージを見たいという方はぜひ『軽薄』を。
 
精巧であるということは、限りなく作者の真実に近い表現を共有できるということです。
それをわたしは「きよらかさ」として感じ取りました。
金原ひとみの描くこの『軽薄』におけるセックスシーンは、衝動と背徳の組み込みがその「きよらかさ」を際立たせています。
 
私は小説におけるセックスシーンが結構苦手な方なのですが、これは読めました。そして何度も読み返しました。それほど清純な情景が浮かびます。
 
 
 

●『軽薄』がレズビアンに教えてくれた愛情


 
「愛」ではなく「愛情」としたのは、そこに関係性だけでなく確かな情というものが、まるで油彩絵の具をぶちまけたときのように重厚に塗り重ねられていたからです。
 
人に言えない恋模様や愛は、時として人を苦しめ、そして何物にも代えられない幸福を導きます
『軽薄』で描かれていたのは、「愛する人がいれば、他に何もいらない」というチープな文句が、もしかしたら誰にでもあり得ることではないか、という問いかけでした。
 
例えばカミングアウトをしたとして、周囲に受け入れてもらえなくても
例えばクローゼットのまま生きて、孤独感にさいなまれていたとしても
 
愛する人さえいれば、きっと大丈夫
 
それを教えてくれた、一番純粋な「愛情」を描いた作品だったと思えます。
 
気になった方はぜひ手に取ってみてくださいね。
 
いつもと一味違う銀シャリ子でした。
 
つづく
 

WRITERこの記事の投稿者

銀シャリ子

超絶怒涛のレズシャリ子!(仮)
※ハマチが好き
 

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