病気を個性と捉えないスタイル

 

TOPICSトピックス

2018.12.13
ゲイであり、統合失調症感情障害という精神疾患も抱えるダブルマイノリティである僕は、発病してから常に「病気」をどう捉えるか悩んできました。今回はその苦悩の果てに辿り着いた「病気を個性としない」という生き方についてです。
 

セクシャリティと病気の違い



僕はゲイであるという部分、つまりセクシャリティに関しては立派な個性の一つだと考えています。では、ゲイと病気という2つの要素にはどのような違いがあるのでしょう。


まず、ゲイであることでもちろんあれこれ悩んだこともありますが、それは「カミングアウトどうしよう…」とか、「ノンケに片思いしてつらい…」といったどうにかしようと思えば解決できるものでした。


カミングアウトは勇気を出して親や友達にしてみたら思いのほかすんなり受け入れてくれたし、ノンケへの片思い(中高生時代)は時間とともに良い思い出に変わっていったのです。


ところが、持病による悩みや苦しみはそれとは比べ物にならない、一言でいえば「自力では絶対にどうしようもないもの」なんです。だからこそ定期的な通院・投薬といった治療に頼らなければならないと思っています。


つまり、ゲイであることはそもそも病気でも治療の対象でもないし、変える必要だってありませんが、持病に関しては医療に頼らざるを得ないという点で僕の中で決定的な違いがあります。


レインボーロード

 

「個性」と「病気」



そもそも「個性」は無理に捻じ曲げる必要も変える必要もありません。一方、「病気」は治療をしたり生活習慣を整えたりなど、何らかの対処をしなければ日常生活に支障が出ることもあります。


「病気や障がいを個性と捉える」という考えは、残念ながら少なくとも僕のケースには当てはまりません。


僕は持病の調子が大きく崩れた時、意味不明な暴言を人に吐いたり、急に激怒したり号泣したりといったことがありました。それで離れていった人もいるし、大切な人をとても傷つけたりしてしまったこともあります。


これを僕自身が「個性」、つまり「変える必要が無い」と捉えてしまうと、ずっとその状態が続いて人間関係が破たんしてしまう可能性が高いですし、それは僕の病気の治療において良い影響を与えないと確信しています


主治医からある時、「精神疾患では通院が途絶え、悪化してからまた来院する方が多い」と聞きました。僕は病気を個性から切り離し、しっかりと治療の対象としてできる限り客観的に持病を見つめてきたことで、8年近くも欠かさず通院と服薬を続けられているのだと思います

 

まとめ



病気や障がいの中には、たとえば発達障がいのように時代や社会の動きによって捉え方が変わるものも存在します。病気の中には確かに「個性」として理解できるものもあるということです。そういった意味で「病気=個性」というのは一理あるのですが、今回はあえてそれとは逆の僕の考え方をご紹介しました。ぜひ、持病の捉え方で悩んでいる方の参考になれば幸いです。

WRITERこの記事の投稿者

仲泊

 
ゲイ&ダブルマイノリティのリアル
ゲイとりっぷ!

統合失調感情障害という精神疾患を抱えながら、音楽関連の研究者を目指しているゲイのミュージシャンです。公式ブログもぜひご覧ください!


      
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