「苦手・嫌い」を「悪」にしない

 

TOPICSトピックス

2018.12.06
人には「得意・苦手」、「好き・嫌い」があるものですし、それ自体が悪いことではありません。しかし、あらゆる差別や偏見をよく見てみると、実は根源にあるのは「苦手」や「嫌い」といったシンプルな感情かもしれません。今回はこの2つの感情に注目し、ゲイやダブルマイノリティが生きやすい社会づくりに必要な思考法を考察していきます。

 

「苦手」や「嫌い」は間違い?


トマトが嫌いな女の子

欧米圏ではゲイへの差別を考察するとき、どうしてもカトリックとの関係性を考える必要があります。他の地域でもイスラム教やヒンズー教などの宗教の教えを考慮しなければなりません。

一方、日本の場合は宗教的な事情というよりも、「シンプルな感情の問題」が大きいかもしれません。 日本は「宗教離れ」している国だからというのもあると思います。 意図的か無意識なのかに関わらず、日本でのゲイに対する差別的な言動の根本には「男同士のキスが気持ち悪い」のような感情が少なからずあるのではないでしょうか。つまり、冒頭で触れたように、男同士の恋愛や性行為というものに対する「苦手」や「嫌い」が根底にあるのでしょう。

そして、僕はゲイの当事者として「男同士」に異性愛者が抱く「苦手」や「嫌い」そのものは決して間違ったものではないと思います。なぜなら、僕だって女性が全く性的対象ではないので、男女の性行為なんてあまりイメージしたくないですし、たとえばそういったシーンが登場する映画やドラマは「苦手」です。

大事なことは、「苦手」や「嫌い」を「悪」に結びつけないことではないでしょうか。
 

「悪」に飛躍しないこと


とても分かりやすい例を見てみましょう。もし、「トマトが苦手」という人がいて、その人が「トマトは悪だ。トマトはこの世から消えるべきだし、トマト栽培も禁じるべきだ!」と本気で言っていたら、皆さん「何を言ってるんだ…?」と疑問に思うことでしょう。 

でも、ここまでいかなくとも「トマト丸ごと食べられるとかありえなーい!」みたいな発言はよくあるものです。そして、日本のゲイに対する差別は「トマト」が「ゲイ」に置き換わっただけという感じに見えます。

また、「トマト」を「悪」にしてしまうのは決して異性愛者だけの問題ではありません。あらゆるマイノリティも同じこと、つまり人間は皆ついつい「苦手・嫌い」=「悪」に飛躍してしまいがちなものなんです。

僕は統合失調感情障害という精神疾患を持ったゲイです。「精神疾患」に対する誤ったイメージや苦い経験(昔の恋人が疾患を持っていた等)を飛躍させて、「精神疾患」=「悪」と思っている人もいました。

差別や偏見というのは、このように意外とシンプルな感情や出来事から出発・飛躍して起こっているものかもしれません。さらには、個人的な人間関係でも一つの出来事で「あの人は悪だ!」と決めつけてしまうことがあるでしょう。「苦手・嫌い」の「悪」への飛躍を止めることは、社会や世界という壮大な規模だけでなく、より身近な関係性においても大切なのです。
 

まとめ


今回は「苦手・嫌い」といった感情が「悪」に飛躍し、差別的言動に繋がっている可能性を考えてみました。これはセクシャリティに関わらず、あらゆる属性(疾病・民族など)に対する差別に言えることだと思います。もし、「苦手」や「嫌い」と感じる対象が目の前に現れたら、いったんそこで立ち止まってみてください。ついつい「悪」に突っ走ろうとする自分にブレーキをかけられるかもしれません。
 

WRITERこの記事の投稿者

仲泊

 
ゲイ&ダブルマイノリティのリアル
ゲイとりっぷ!

統合失調感情障害という精神疾患を抱えながら、音楽関連の研究者を目指しているゲイのミュージシャンです。公式ブログもぜひご覧ください!


      
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