日本のゲイを取り巻くのは差別よりも疎外感?

 

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日本のゲイを取り巻くのは差別よりも疎外感?

2018.08.15


 

海外のLGBTニュースに注目すると、たとえばキリスト教団体とLGBT当事者が衝突したり、主に宗教的な理由から同性愛をテーマとした映画が放映できなかったりなど、「差別」という言葉がぴったりな事件が多く起こっています。

日本でも「LGBT差別」の克服が課題とされていますが、その実情はどのようなものでしょうか。ゲイの仲泊が考えてみます。
 
 

「差別」の不在?


日本のゲイの生活を見ていると、少なくとも宗教的な理由から迫害されることなんてあまりないです。学校では「女々しい」「オカマっぽい」という理由でいじめを経験した人もいると思います。しかし、欧米に比べると「ゲイだから」と露骨にいじめを受けている人は少ないのではないでしょうか。
 
前者に関してはクリスチャンの多い欧米と異なる日本の独特な宗教事情が影響しています。注意したいのは後者で、学校でいじめを受けていない人でも、ゲイの方は特に、10代の頃にゲイであることで辛い思いをした方がかなり多いのではないでしょうか
 
いわゆる差別的行為がそれほど蔓延しているわけではないのに、日本のゲイを取り巻く負の感覚、それは「疎外感」だと僕は思います。日本=集団主義というのはあまりにも極端な考えですが、それでもやはりコミュニティの秩序を重んじる傾向はかなり強いですよね。

それでは、この「疎外感」を皆が自覚することで、どのような変化が生まれるのでしょうか。
 

 

日本なりのLGBT論の展開


僕のゲイとしての経験論ですが、日本におけるゲイの疎外感は「コミュニティから外れている」ではなく、「コミュニティにいながらも孤独感がある」というかなり独特なものになっていると思います。
 
具体的には、ゲイであることを公言していてグループから疎外されているゲイより、セクシャリティを隠しつつコミュニティに一応は溶け込みながらも、ゲイを揶揄するような言動に傷ついたりしている、というようなことの方が多いでしょう。
 
そうなると、異性愛者に一概に「ゲイ、LGBTについて知ってくれ!」と言っても、知ってもらう対象、知ってもらえる状況・表現が大きく異なってきます。男子校と共学の場合、野球部と放送部の場合、会社員と職人の場合など、それぞれの場で具体的にLGBT教育・啓発のあり方を考える必要があります。
 
社会や政治制度の変革を待つだけでなく、日本の具体的なコミュニティごとにLGBTの正しい知識の伝え方を考えていくという、欧米の輸入だけではない日本らしいLGBT論の展開が疎外感を取り除くために求められているのかもしれません。
 

 

まとめ


今回はゲイが感じる「疎外感」に注目し、それがコミュニティに弾かれていることによるものではなく、コミュニティの中にいながらも起こっている感覚であることに触れました。そして、そこから日本の様々なコミュニティの性質に対応させながらLGBT論を展開していく重要さも述べました。

ぜひ、皆さんが日本なりのLGBT支援について考える参考になれば幸いです。
 

WRITERこの記事の投稿者

仲泊

 
ゲイ&ダブルマイノリティのリアル
ゲイとりっぷ!

統合失調感情障害という精神疾患を抱えながら、音楽関連の研究者を目指しているゲイのミュージシャンです。公式ブログもぜひご覧ください!


      
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