クエスチョニングのおはなし#32~なんでもQ&A⑱~ 「男っぽい女友達が好き。男として見ているのか、自分のセクシュアリティなのか?」

 

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クエスチョニングのおはなし#32~なんでもQ&A⑱~ 「男っぽい女友達が好き。男として見ているのか、自分のセクシュアリティなのか?」

2019.01.13
明けましておめでとうございます!みらいです♪
おかげさまでこのQ&A企画も開始から丸一年を迎えました。この一年間、質問を投稿してくださったみなさん、また、記事をお読みいただいたみなさんに心より感謝申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さてさて、2019年最初のクエスチョンはコチラ★☆(※読みやすいよう一部改変しています)
 
15歳女子です。見た目や所作が男っぽい女友達を好きになりました。最初は友人として好きなんだろうなと思っていたのですが、近頃、友人としての好きとは違うように感じはじめました。けれど、今まで好きになった人は異性だったので、その人を男として見ているような気もします。自分のセクシュアリティによるものなのか、それともやっぱり、その人を異性として見ているのか(ちなみにその人は自分のセクシュアリティについて断言しませんでした)、自分の気持ちをはっきりさせたいです。どうか力を貸してください。

ご質問ありがとうございます!
本筋とは関係ないですが、文章から、質問者さんは理知的な方なのかなという印象を受けました。

おわかりかもしれませんが、「男っぽい」とか「女っぽい」とかは現代においてほんの少しずつではあるものの崩れつつあるし、それがセクシャリティの判断材料となるか否かは微妙だと思います。
また、わたし自身は「異性/同性だから好きになる/ならない」みたいな感覚がよくわからないので、「男として見る」とかそういうことが頭の中で理解できても感覚的には理解できていません。
以上を前提として、お力になれるかはわかりませんが、私が考えうる限りのことをお話ししたいと思います(`・ω・´)


 

〇ヒントになるかもしれないはなし



私がこの質問文を読んだとき、以前耳にした、とある2人の経験談が頭に浮かびました。
仮にAさんとBさんとしましょう。ふたりとも、シスジェンダーの女性です。これからそのお話を紹介しますので、読んでみてください。(個人の特定を避けるため、一部事実を脚色してあります)

最初に、Aさんのお話です。

Aさんは、性自認は女性なのですが、さっぱりとした性格からか、よく「男っぽい」と評されます。当時女子校に通っていたAさんは、いわゆる“王子様”的存在として同級生はもちろん下級生からも慕われるようになります。
ある日、ある同級生Cさんから告白され、交際する運びとなります。
初めてのデートのとき、Aさんはお気に入りのワンピースを着て行きました。普段、学校で会うときは制服を着ているので、お互いに私服を見るのは初めてです。
待ち合わせ場所に着くと、Cさんに言われました。「次はそんな女の子っぽい服装じゃなくて、パンツスタイルで来てほしい」と。

さて、私がもし質問者さんの立場なら、ここで一度考えます。
お相手の方が、いわゆる「女っぽい」服装やものごとが好きだったら、嫌だなぁと思ったり、幻滅したりしますか?
もし、ここでのお話のCさんのように、相手に「男っぽさ」を求めたくなるのなら、もしかすると質問者さんは、お相手の方を「男として見ている」のかもしれません

それでは、次のお話に移りましょう。

Bさんは学生時代に、ある女友達Dさんを好きになりました。その子は所作が男っぽく、どちらかといえば「かわいい」ではなく「かっこいい」というタイプでした。Bさんはそれまで異性である男性しか、恋愛感情を抱いたり交際したりしたことはありませんでしたが、初めて女性であるDさんを好きになったことはすんなりと受け入れられたといいます。
ある日、意を決してDさんに想いを伝えます。すると、Dさんから「実は自分の性自認は男性なのだ」とカミングアウトを受けます。
それを受けてBさんは、「Dさんの性自認が男性であっても女性であっても、少しも変わることなくDさんのことが好きなのだ」と気づきます。
この気づきがきっかけで、Bさんは自分のことをパンセクシャルなのではないかと考えるようになります。

いかがでしょうか。
もし、質問者さんがこのお話でのBさんのように、「相手が男性でも女性でも変わらず好きだ」と思うのであれば、質問者さんはパンセクシャルもしくはそれに近い(?)セクシャリティなのかもしれません

しかし、セクシャリティというのはグラデーションのようなものなので、はっきりとした判断基準や境界線はありません。本人以外の人が決められるものでもありません
ですから、Bさんと同じような経験をしても、Bさんのように「自分はパンセクシャルかもしれない」と思うひとばかりではありません。「自分はパンセクシャルだ」と断定するひともいるかもしれないし、「自分はヘテロセクシャル(異性愛者)だけどこの人は特別だったんだ」と感じるひともいるかもしれません。

そこに絶対的な正解はありません。
考えるままに、思うままに、感じるままに。
何を選んでも、何も選ばなくても、途中で変更しても、あなたが心地よくて幸せならそれがきっと正解です。

 

〇はっきりさせることより大切なこと



……と、ここまで色々と書いてきましたが(果たして参考になっているのだろうか)、最後にどうしても、伝えたいことがあるのでどうか聞いてください。

「自分の気持ちをはっきりさせたい」
その気持ちは以前のわたしと重なるし、そう思ったらそれしか考えられなくて頭から離れなくて、苦しくて……ってなっているんじゃないかな、と推察します。

でも、お願いです。
どうか、“いま、この瞬間に感じていること”を、大切にしてください

ふたりで食べるお弁当はすごく美味しいなぁ、とか。
隣に座ってるとあったかいなぁ、とか。
くだらないこと話してる時間が幸せだなぁ、とか。
ずっと一緒にいたいなぁ、とか。
ずっとそばにいてほしい、とか。
笑ってるところを見るとなんだか嬉しくなるなぁ、とか。

そういう、ひとつひとつの湧き上がる感情たちを、しっくりきていないのに、何かの言葉で無理に束ねようとしないであげてください。
はっきりさせたいという気持ちも、はっきりさせようと思って考えたり行動したりすることも、間違いではありません。
でも、「はっきりさせたい」という気持ちが強すぎるあまりに、日々の中で感じる、一見するとささやかなあれこれを、強迫的なまでに分類したり、逆に、無理やりひとまとめにしてラベリングしたりすることは、どうか、しないであげてください。

広い視点でものごとを捉えようとするのはいいことだと思います。
でも、それだけじゃなくて、もっと狭い視点で、あなたの毎日にある輝きを、拾い集めてみませんか?
それらはきっと、永遠に宝物になる。拾い集めて胸の奥にしまえば、内側からあなたを輝かせてくれる。
今はそんなこと言われても意味わからないかもしれないけれど、胸の奥にしまっておいた大好きで大切なひととの思い出は、いつかきっと、あなたの魅力の一部になる。私はそう思います。

以前の私は、ことあるごとに、湧き上がった感情を「こう感じたってことは〇〇なのだろうか」というように分類しようとし、自分の状況を判断しようとし、結果的に、輝きを放っていたはずだったあたたかい気持ちたちを、すべて「わからない」という苦しさで塗りつぶすような作業をしていました。

ひとつひとつの感情を分類せず、判断せず、そのままの形で持っていられるようになってからは、ずいぶんと楽になったものです。

だから、難しいかもしれないけれど、質問者さんにもそうやってみてほしいなぁ、って思います。



さて、お力になれたかはわかりませんが、私からの回答は以上です。
次回もお楽しみに(/・ω・)/☆

WRITERこの記事の投稿者

みらい

クエスチョニングのおはなし

ごくごく平凡な大学生。現在、セクマイ当事者の居場所や交流の場となる会「はろっと!ぎふ」主催。
 

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