#26 LGBTsコミュニティとクエスチョニング

 

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2018.10.06


こんにちは!みらいです♪

きょうのアイキャッチ画像は、これからまさに冷凍されようとしている切り干し大根たちです!!!!!!
ほんとにフォルダ内に写真がないので家の中でいちばんレインボーっぽかった(彩りがあった)ものを撮影してみました!内容と関係がなさすぎて怒られそうですが!笑
 
今回は、前回の記事でご紹介したご質問に関連して、わたしが思うことや考えたことをお話ししていきたいと思います。

 

LGBTsコミュニティと違和感

 
わたしは、性的少数者全体を指す意味で使われる“LGBT”が好きではありません。自分が話すときにはまず、狭義でしか使わない単語です。
 
理由はみなさんがお察しの通り、わたしはLでもGでもBでもTでもないからです。笑
 
そんな“LGBT”という概念(?)への違和感を、今までも何度か書いてきました。(※詳しくは以下をご覧ください)

・クエスチョニングのおはなし#5
・クエスチョニングのおはなし#19
 

LGBTが知られて、カミングアウトする人たちも増えて、そのたびにフレンドリーな感じの言葉たちがあふれかえって。
でもそれらは一方で的確に「LGBT」のみに対してフレンドリーだったりして。

LGBTが知られていくにつれて、社会の中でLGBTということばとか概念とかがほんとうに「LGBT」だけになってしまっているような気がして怖い。
 

#19でこのように書いたのもわたしの本音ですが、これに関しては、言うなれば「LGBTsコミュニティの“外”から見た『LGBT』という概念」の話です。(本来ならば“外”とか“中”とかそういう言い方は適切ではないと思うしあまりしたくもないけれど、便宜上、ね)
 
しかし、前回のご質問のような事例はどうでしょうか。
正直、あのご質問を読んで、「あぁ、恐れていたことが起こってしまったんだ」と泣きたいような気持ちになりました。
 
本来ならば“外”での生きづらさを緩和するための居場所となるはずのLGBTsコミュニティ。
しかし、その“中”においても、そのようなことが起こっている、という事実。
 
きっと、ごくごく一部での話だとは思います。
でもなんとなく見過ごせないというか、前々から少し気になっていたある事象との関連性が見えそうな気もするのです。

 

“合わない”ひとのはなし

 
実は、わたしの周りには「LGBTsコミュニティは合わなかった」や「合わなさそう」と口にするセクマイの友人や知人が複数います。
それ自体は「そりゃまぁ合う合わないあるよね」と思うのですが、興味深いことに、体感としてそのほとんどがバイセクシャルか(性的指向)クエスチョニングのひとなのです。
 
彼らは続けてこう言います。
 
「自分はどっちつかずだから」
「なんか、中途半端だし」
 
また、はっきりと「“異性も好きになる”っていう点で壁を作られているように感じる」と言っていた人もいました。
 
複数といったって、両手で数えたら余る程度の人数です。サンプル数としてはあまりにも少ない。
単なる偶然かもしれません。偶然だと思っていました。
でも、実際にそういう事例があることを耳にすると、もしかしたら彼らも、そんな経験をしたり見聞きしたりしたのかもしれないなぁ、と思ってしまいます。
 
それから、ご本人から直接きいたことはありませんが、さまざまなサークルの運営者やメンバーから「ALLYの人もなんとなく肩身の狭い思いをしているようだ」という話を何度か聞いたことがあります。
 
このように考えると(というか体感としても)、きっとLGBTsコミュニティでのマジョリティは同性愛者とトランスジェンダーの方々なのでしょう。
話を聞く限りはなんとなく、それ以外のセクシャリティの人は、LGBTsコミュニティにおいても居づらさを感じる確率が高い気がします。

 

LGBTsコミュニティの在り方とは…?

 
このようなことを防ぐためにはどうしたらいいのでしょうか。
わたし自身もいちコミュニティの運営者として考えてみましたが、正直、「運営者が会話に介入して、不適切な発言があればたしなめる」以外の方法が思いつきません。
 
個人的には、「マイノリティの中のマイノリティとして他のLGBTsコミュニティで居づらい思いをした人でもきっとここなら大丈夫だよ!」と胸を張って言えるようなコミュニティをつくりたいという気持ちはあります。
しかし、誰にでもオープンなコミュニティというスタイルにしている以上、初めて参加する人を含めて全員が絶対に差別的な発言をしないという保証はできません。
 
結局のところ、コミュニティの雰囲気を形づくるのはその回の参加者一人ひとりのモラルであり、主催者のスタンスが与える影響は多く見積もっても半分くらいだと思います。
……だって、たとえ「絶対にどんなセクシャリティに対しても差別発言がないコミュニティにします!」と意気込んでいても、そのために主催者が参加者の会話の隅々まで耳をそばだてていたら、それはそれでとても居心地が悪いと思うんですよね。
 
確かに、そのコミュニティを会員制にすれば、全員が顔なじみになるので、内部の安全性(ちょっと表現は大袈裟ですが)は担保できると思います。“安心できる居場所”という側面をより強く感じられるというメリットもあるかもしれません。実際に大学の学内サークルなどでは、そのようなスタイルで運営しているところもあると聞きました。
とあるサークルでは、幹部メンバーが参加希望者を面接しているという話も聞いたことがあります。
 
しかし、このような運営はやはり、学内サークルだからこそできるスタイルなのではないかと思います。
 
会員制の運営にした場合、明らかに外部から見ると閉鎖的な印象を受けるため、どうしても、参加することへのハードルが何十倍にも跳ね上がります。
さらに面接を行うなんて言ったらもう明らかに「怪しい団体」でしょう。運営側に対しても信用が生まれません。
 
学内サークルにおいては、前者の問題については部活動や文化系サークルの一種と捉えれば会員制(メンバー制?)なのは不自然ではありませんし、後者の問題に関しても、少なくとも同じ大学の学生であるという点で「怪しい」とは感じにくいのだと思います。
 
ただ、市民サークルにおいてこのようなスタイルを採ることは現実的に考えてほぼ不可能だと思います。
 
誰にでも開かれた場であることと、誰もが快適に過ごせる場であることの両立。
 
考えれば考えるほど「難しいなぁ」と頭が痛くなりそうですが、よくよく見るとこの二項対立(?)、どこかで見覚えがありませんか?
 
わたしは、多様性尊重に関してさまざまな議論が繰り広げられている現代社会と似ているなぁと感じます。「多様性のジレンマ」とか言われてる(のかよくわかんないけどそんな感じの)やつです。
 
働きアリの法則ってご存知ですか?
 
簡単に説明すると、
働きアリの中でよく働くアリ・普通くらいに働くアリ・あまり働かないアリの割合は2:6:2になるが、2割のよく働くアリだけを取り出すと、全員がよく働くわけではなくまた2:6:2に分かれる(ほかの部分でも同様)というような法則です。詳しく知りたいかたは検索してください。笑
 
同じようなこと、起こってるのかもしれないですね。
シスヘテロ中心主義の社会での生きづらさを解消するための『LGBT』という連帯なのに、その中でもまた同性愛中心主義だったり、トランスジェンダー中心主義だったり、はたまた“LGBT”中心主義だったりが生まれている場合も、あるのかもしれません。
 
……なんだかいろんなところに話を広げるだけ広げて回収しきれていない感がすごいですが。笑
わたしが散らかすだけ散らかした思考が、みなさんが何かを考えるきっかけやヒントになったら嬉しいなぁと思います。
 
 
 
今回はここまで。
次回もお楽しみに(/・ω・)/☆


 

WRITERこの記事の投稿者

みらい

クエスチョニングのおはなし

ごくごく平凡な大学生。現在、セクマイ当事者の居場所や交流の場となる会「はろっと!ぎふ」主催。
 

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