#9 なんでもQ&A①「クエスチョニングで生きようと決意(?)できたのはなぜですか?」

 

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#9 なんでもQ&A①「クエスチョニングで生きようと決意(?)できたのはなぜですか?」

2018.01.13



みなさん、遅くなりましたがあけましておめでとうございます!みらいです♪
 
さてさて、今回からは新企画!!!
なんでもQ&A(仮)!!!!!  ←いいタイトルが思いつかない…笑
 
記念すべき第1回の質問はこちら☆★
 


『クエスチョニングで生きようと決意(?)できたのはなぜですか?』
 


 
…なんかいきなりすごいのきた。笑
えっとまず、ご質問ありがとうございました!なんて答えていいかわからないけど、とりあえずそれっぽいことがんばって書きますね(`・ω・´)


 

“決意”したわけじゃない


はい、まず大前提ですが、セクシャリティは自分で決意したからといって決められるものではないと思います。…っていうか、決意すればそのように生きられるんだったらクエスチョニングなんてややこしいやつやってません!笑
 
でもたぶん、そういうことじゃないんですよね。質問にも『決意(?)』と“(?)”がついている。ということは、質問者さんもたぶん、わたしがクエスチョニングとして生きようと”決意“したわけではないことはわかっているんだと思います。
 
だったらこの質問が真に問いたいのは何か。
そんなのは質問者さんのみぞ知るところなんですが、おそらく「自分のセクシャリティがわからない状態でもあなたはなぜ生きられるのですか?」ということではないか、と。
質問文風に言えば、「クエスチョニングで生きようと覚悟できたのはなぜですか?」って感じでしょうか。
 
とりあえず今回はそういう解釈でお答えしますね。(質問者さん、解釈違いだったらまた質問してください!笑)


 

“しっくりくる”ことば

 
実は、わたしが自分のセクシャリティについて「クエスチョニングだ」と思いはじめてからしばらくは、自分でもこの状態を受け入れられませんでした。

多くの人が何の疑問も持たずにすんなりと自覚する(というよりおそらく自覚するという感覚さえない)であろう自らのセクシャリティが、どう頑張ってもどれだけ考えてもわからない
 
みんなにはできていることが自分だけできない、なんて思ったりして、相当落ち込んでたし焦ってました。
 
でもね、自分のセクシャリティについて考えると、悔しいことにどんな言葉よりもしっくりくるんです。「クエスチョニング」という言葉が。
レズビアンもいまいち。バイセクシャルともいえない。
 
Twitterのプロフィール欄に書いてあった「レズビアン」という言葉を「クエスチョニング」に書き換えたのは、確か高校2年生のときだったと思います。
そのときは、自己紹介でわざわざしっくりこない言葉を使うのは変だよね、くらいの理由で「クエスチョニング」だと言っていました。
 
 

“逃げ場”としてのクエスチョニング

 
それだけではありません。
「クエスチョニング」というセクシャリティを、ちょっとした逃げ場のように使っている側面もあります。
 
いまでもあるのかわかりませんが、数年前のセクマイ界隈(?)には、「ファッションレズ」という概念がありました。
詳しい意味はわたしもわかっていないので明言は避けますが、たとえば自分のことをレズビアンだと名乗っていた人が「彼氏できた」などと言うと「ファッションレズだったのか」みたいな感じで叩かれる、というような風潮です。
男の子に対しても興味がある以上、自分の中で「レズビアンだと名乗るの?ファッションレズなんじゃないの?」という疑問があり、そんな自問自答からの“逃げ場”として「クエスチョニング」は好都合でした。
 
それから、こちらのほうが大きいのですが、わたしはどう頑張っても同性を好きになる自分を受け入れられませんでした。
中学生までのわたしは、メディアなどの影響もあり、「同性愛なんて気持ち悪い」「そんな“普通”じゃないこと理解できない」という感覚が染みついていました。それゆえにいざ自分がそうかもしれないと思っても、自分自身の感覚や感情を否定するばかりで受け入れられず、とても苦しんでいました。
どうしても同性愛嫌悪が抜けなかったわたしにとって、自分を「クエスチョニング」だと思うことは、「異性愛者の可能性もある」「もしかしたら“普通”なのかもしれない」と思えるという意味で、レズビアンやバイセクシャルだと思うよりも少し楽になれる方法でした。
 
つい1年ほど前まではこのように、自分のセクシャリティにも「クエスチョニング」という言葉にもマイナスイメージしか持てず、クエスチョニングとして生きる決意(?)なんてそんなの、全くできていなかった。仕方がないからクエスチョニングだったんです。笑


 

あるドラマとの出会い

 
さあ、そんなこんなで高校生活の大半を納得いかないクエスチョニングとして過ごしたわたしは、あるドラマに出会います。
高校卒業と大学受験を目前に控えた高校3年生の冬、今からちょうど1年前のことでした。
 
そのドラマとは、2017年1月期にTBSの火曜10時枠で放送されていた「カルテット」。

 

ある日、4人は“偶然”出会った。
女ふたり、男ふたり、全員30代。
4人は、夢が叶わなかった人たちである。
人生のピークに辿り着くことなく、ゆるやかな下り坂の前で立ち止まっている者たちでもある。
彼らはカルテットを組み、軽井沢でひと冬の共同生活を送ることになった。
しかし、その“偶然”には、大きな秘密が隠されていた――。

出典:TBSテレビ火曜ドラマ『カルテット』公式HP


…と、あらすじだけ読んでも何がなんだかわからないのですが。笑
このドラマはとにかく、人やものごとの「グレー」な曖昧さをまるごと肯定するドラマでした。
主題歌である『おとなの掟』にもこんな歌詞があります。
 

ああ白黒つけるのは恐ろしい
..切実に生きればこそ..
そう人生は長い、世界は広い
自由を手にした僕らはグレー

 

軽井沢の別荘で共同生活を送る4人は、それぞれ家族とも恋人とも友人とも言えるような言えないような、そんな不思議な絆で結ばれます。
「血が繋がっているから」ではなく、「同じシャンプー使ってるから」という理由で“家族”だと言ったり、「ちゃんとしてないところが好き」とか「欠点で繋がってる」とか言ったり。
外から見れば“普通”ではない。なんとも奇妙かつ理解に苦しむ(実際に“外”の人物から4人の関係をとやかく言われる描写も出てくる)関係性が描かれます。
 
でも、彼らは幸せそうだった。“普通”に生きている、他の誰よりも。
 
いいんだなぁ、って、思いました。
“普通”じゃなくてもいい。曖昧でもいい。関係性に名前をつけなくたっていい。
外から見た姿がどうであれ、自分が信じたいものを信じればいい。そんなメッセージのように感じました。
 
それから、こんな台詞もありました。(そのまま引用すると口語的すぎるので要約してあります)

 

わたしの好きは、そのへんにごろごろしてるっていうか、寝転がってて。
(中略)ちょっとだけ頑張るときにね、その人がいつも、ちょっといるの。
そういう、好きだってことを忘れるぐらいの、好き。

 

この台詞に、わたしはすごく共感したんです。わたしの「好き」も、それにかなり近いものがあって。
これは恋愛感情なんだろうか、何なんだろうか、って考えて迷っていたけれど、「まあそんなのどうだっていいじゃないか!」って思えたんです。
劇中で上記の台詞を口にした人物に対し、それを聞いていた人物が返した「眩しいね」というひとことも相まって、わたしは自分の中の感覚や感情をすべて肯定してもらったような気分になりました。
 
正直、自分自身のゆらぎだったり曖昧さを肯定できる今があるのは、このドラマのおかげです。笑
自分でさえも肯定できなくて、だから誰かに話すなんてもってのほかで、誰にも認めてもらえなかったわたしの“普通”じゃない『好き』を、このドラマ自体だったり、このドラマが世間に受け入れられていく様子だったりを見て、やっと受け入れられました。「それでいいじゃん」って、言ってあげられました。大切にしよう、って思えるようになりました。
 
これだけ猛プッシュしたらTBSの回し者じゃないかと思われそうですが、ただの一ファンにすぎないということは強調しておきますね。
 
猛プッシュついでに、最後にもうひとつだけ。
このドラマのプロデューサーだった佐野亜裕美さんが、同番組の公式Twitterでこんなことを言っていました。
 
このドラマが、生きにくさを感じている人の背中をそっと押すような作品になったなら幸いです。
 
狙い通りというか、なんというか。笑
ここに背中を押された視聴者がいますよ~!ありがとう~~!!!
って、声を大にして言いたい気分です( *´艸`)
 

う~んだから、そうだなぁ。
冒頭の質問に簡潔に答えるとしたら、
 
『カルテット』というドラマに出会ったからです。笑
 
 
……と、何とも締まらない結論になってしまいましたが、今回はこのあたりで。
 

そういえば、この土日は大学入試センター試験が実施されますね。わたしも一年前は雪の中半泣きになりながら試験会場へ行ったなぁと思い出します。会場の入り口で高校の先生が待っていてくれて、激励の言葉とともにチョコレートをもらった記憶があります。当時は逃げ出したいくらいだったけど、今となってはいい思い出です。笑
これを読んでくださっている方々の中に受験生の方がどれくらいいるかはわかりませんが、みなさんが悔いなく受験生生活を終えられるよう陰ながら応援しております。
できなかったことやできていないことが頭に浮かんで不安や怖さでいっぱいでも、それよりもずっとたくさんあるはずの、できたことやできていることに、たまには目を向けてあげてね。美味しいごはん食べてあったかいお風呂入ってよ~く寝ればきっと大丈夫!
 
というわけで(?)次回もお楽しみに(/・ω・)/☆





 



  ●前回までの記事
はじめまして!みらいです!
クエスチョニングのおはなし#1~クエスチョニングってなあに?~
クエスチョニングのおはなし#2~初恋(らしきもの)とはじまり~
カミングアウトする勇気・クローゼットでいる勇気
にじいろの社会に住んできた。(前編)
にじいろの社会に住んできた。(後編)
クエスチョニングのおはなし#3~好きです、付き合ってください~
クエスチョニングのおはなし#4~恋愛感情と交際関係~
クエスチョニングのおはなし#5~当事者ですか?~
クエスチョニングのおはなし#6~カミングアウト~
クエスチョニングのおはなし#7~ゆらぎ~
クエスチョニングのおはなし#8~いま、そしてこれから~

 
 

WRITERこの記事の投稿者

みらい

クエスチョニングのおはなし

ごくごく平凡な大学生。現在、セクマイ当事者の居場所や交流の場となる会「はろっと!ぎふ」主催。
 

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