32. ペット・ショップ・ボーイズ VS イレイジャー(前編)

 

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32. ペット・ショップ・ボーイズ VS イレイジャー(前編)

2018.04.15



こんにちは、マッキーです。

LGBT関連の洋楽アーティストのオススメ楽曲を紹介する『ゆらぎのシラベ♪』、第32回目です。

今回と次回は、この連載の一回目と三回目で取り上げたイレイジャーとペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)のおさらいです。この二組に関しては好きな曲がありすぎて、まだ全然紹介し足りないと思っていましたので。

 

で、最初はそれぞれ別個に好きな曲を10曲ずつ…とか考えてたんですが、いっそ「(ほぼ)時系列に沿って二つのアーティストの歩みをパラレルで振り返ったら面白いんじゃね?」とひらめいてしまいました。では早速。

 

まず1984年4月にPSBがデビュー。 ディヴァインを手掛けたBobby Oのプロデュースによる”West End Girls”の最初のバージョンをどうぞ。全英で121位という残念な結果に終わりました。…まあ、確かにこれでは売れないでしょうね(´ー`)。何故かベルギーではトップ10入りしたそうです。ベルギー恐るべし。
 

 

 

翌85年9月にイレイジャーが”Who Needs Love (Like That)”でデビュー。PVではいきなり女装してます。全英55位。イレイジャー結成前のヴィンス・クラークはDepeche ModeでもYazooでも当たり前のようにヒットを連発していたので、この結果にはかなりショックを受けたとのこと。もしここで彼がアンディを切ってたらと思うと………。

 



同年10月、PSBがStephen Hagueのプロデュース による”West End Girls”の再録バージョンをリリース。全英・全米ともに1位となる大ヒットに。プロデューサーが変わると、同じ曲でもここまで違ってくるという見本のようなこの曲と、同シングルのB面の”A Man Could Get Arrested”を。後者の、「黒人ダンサーがブレイク・ダンスしてそうな感じ」がめっちゃ好きです。
 

 



86年3月、PSBの1stアルバム『プリーズ』がリリースされます。このアルバムから”Later Tonight”と、マドンナの”Into The Groove”っぽいベースラインが印象的な”Why Don’t We Live Together?”を。

 


 



同年4月にイレイジャーがリリースしたシングル”Oh L’amour”のB面には、後の”Abba-esque”への布石となるアバのカバー”Gimme! Gimme! Gimme!”が収録されていました。初期のライブの締めの曲として定番だったその曲と、その年の10月に記念すべき初ヒットとなった”Sometimes (全英2位)”を。

 


 



87年9月、PSBの2ndアルバム『アクチュアリー』リリース。ここからデレク・ジャーマンがPVを監督した”It’s A Sin (全英1位/全米9位)”と、彼らが主演した映画のタイトル曲でもある”It Couldn’t Happen Here”を。映画は『夢色の幻想』という邦題で日本でも公開されました。かなり変な映画でしたが、イギリス好きの人なら観ておいて損はないです(DVD化はされてないですが)。ちなみに”It Couldn’t Happen Here”の歌詞は、「AIDSがイギリスの当時のゲイ・コミュニティにどんな影響を与えたか」について歌われています。

 


 



88年4月イレイジャーの3rdアルバム『イノセンツ』リリース。そこからアメリカでもヒットした”Chains Of Love (全米12位/全英11位)”と、同アルバムが2009年にリマスター再発される際にシングルになった”Phantom Bride”を。このアルバムのプロデューサーは、先述のStephen Hagueです。

 


 



同年10月、PSBの3rdアルバム『イントロスペクティヴ』リリース。ここからトレバー・ホーンがプロデュースして全英4位となった”Left To My Own Devices”と、翌年行われた初の世界ツアーから『アクチュアリー』収録の”One More Chance”のライブ・バージョンを。後者は元々ボビー・Oのプロデュースで84年にシングル・リリースされた曲のセルフ・リメイクです。”One More Chance”が全くヒットしなかったことで彼らはボビー・Oとの契約を一方的に破棄するのですが、その際の違約金として百万ドル(!)をボビー・Oに払ったとのことです。…”West End Girls”がヒットして本当に良かったですね(ヽ´Д`)~。
 


 



同年11月にイレイジャーがリリースしたクリスマスEPの『クラッカーズ・インターナショナル(全英2位)』から”The Hardest Part”、翌年の4thアルバム『ワイルド !』から共に全英トップ5入りした”Drama!”と”Blue Savannah”を。…イレイジャーはPSBに較べて、"体を張ってる"PVが多いなあ。
 



 

 



90年10月、PSBの4thアルバム『ビヘイヴィア』リリース。以前取り上げた”Being Boring”も収録のこのアルバムでは、ダンス色が薄くなって落ち着いた印象の楽曲が多くなりました。ここから私の好きな”Nervously”を。
 



91年10月、イレイジャーの5thアルバム『コーラス』リリース。ここからPVが美しい”Am I Right? (全英15位)”と、私の好きな”Turns The Love To Anger”を。
 



92年6月、イレイジャーはアバのカバー4曲からなるEP『Abba-Esque』をリリース。彼らにとって唯一の全英1位となったこのシングルから”Lay All Your Love On Me”を。ベスト盤にはいつも”Take A Chance On Me”が収録されるんですが、私はこっちの方が断然好きです。相変わらず体張ってんなあ( ゚∀゚)。

 


ベスト盤『ディスコグラフィー』をはさんで93年9月、PSBの5thアルバム『ヴェリー』リリース。ここから”Can You Forgive Her? (全英7位)”と、”Yesterday, When I Was Mad (全英13位)”を。後者のPVでクリスはCGのみでの出演ですが、それはプライベートでのパートナーだったPeter AndreasがAIDSで亡くなった直後だったからと言われています。
 


 



94年5月、ベスト盤『ポップ ! ファースト20ヒッツ』をはさんでイレイジャーの6thアルバム『アイ・セイ、アイ・セイ、アイ・セイ』リリース。ここから”Always (全英4位/全米20位)”と、私の大好きな”All Through The Years”を。前者のPVにはヴィンス・クラークは出演していませんが、特に理由はないようです( ・∀・)。

 


 



95年7月、PSBは過去のシングルB面曲を集めたアルバム『オルタナティヴ』に合わせてシングル”Paninaro’95 (全英15位)”をリリース。この曲の2分30秒辺りのところのラップの歌詞は、亡くなったPeter Andreasに捧げたメッセージだと言われています。それを踏まえて観ると、かつてないほどゲイのエロティシズムに溢れたこのPVに込められた真の意図が浮かび上がってきます。
 



同年10月、イレイジャーの7thアルバム『イレイジャー』リリース。かなり実験的な内容ながらファンの間での人気は高いこのアルバムから、”Fingers And Thumbs (全英20位)”を。

 



96年9月、PSBの6thアルバム『バイリンガル』リリース。このアルバムからニールの友人の自殺について歌われた”The Survivors”と、翌年サヴォイ・シアターでのライブに合わせてリリースされた”Somewhere (全英9位)”を。後者のPVではクリスが立ち直ってる様子が確認できます(ホッ(*´ー`))。


 


 

 

97年3月、イレイジャーの8thアルバム『カウボーイ』リリース。ここから”In My Arms (全英13位)”を。

 

 

という訳で、今回はここまで。流石にお腹いっぱいになりますね。でも書いててすごく楽しいです\(^o^)/。

次回は引き続き、99年から現在までを取り上げます。お楽しみに♪

 

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マッキー

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。
渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」

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マッキー

ゆらぎのシラベ♪

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」

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