25. Modern Love/デヴィッド・ボウイ

 

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25. Modern Love/デヴィッド・ボウイ

2018.03.15

 

こんにちは、マッキーです。

LGBT関連の洋楽アーティストのオススメ楽曲を紹介する『ゆらぎのシラベ♪』、第25回目です。

今回も引き続きデヴィッド・ボウイです。前回の最後に触れた「アメリカのレコード会社からの巨額のオファー」を受けて商業的にブレイクを果たした(けれど作品的な評価はけして高くない)、『レッツ・ダンス』『トゥナイト』『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』の時期を取り上げたいと思います。

 

とネタ振りしておいてなんですが、まずは2013年のアルバム『ザ・ネクスト・デイ』からタイトル曲のPVをどうぞ。

 

 

はい。なんでいきなり時間をすっとばしたかと言うと、先日発表されたアカデミー賞でゲイリー・オールドマンが見事主演男優賞を獲得したからです(おめでとう〜パチパチ\(^▽^)/)。ゲイリー・オールドマンと言えば、2016年のブリット・アワードでその前月に亡くなったばかりのボウイに授与された「ブリティッシュ・アイコン賞」を本人の代わりに受け取ったように、生前ボウイとは非常に親しい友人でした。

個人的には1987年公開のイギリス映画『プリック・アップ(原題”Prick Up Your Ears”』)で、アルフレッド・モリーナ(『スパイダーマン2』のドック・オク役で有名)と破滅的なゲイ・カップルを演じていたのが印象に残っています。で、そのゲイリーが出演しているPVを紹介しておこうと。ご覧いただくと分かる通り、かなり「物議を醸す」内容のPVです。キリストの存在は否定しない、というかボウイ自らキリストっぽい役を演じつつも教会や聖職者の堕落と腐敗を糾弾するような。これは歌詞の内容を紐解く必要があるでしょう。こんな感じです。


 

”彼ら特有の病の苦痛を無視しながら 彼らは彼を路地で追いかけ、階段で追い詰める

泥の中彼を引きずり 口々に彼の死を唱える そして紫頭の司祭の足下へ彼を引っ張り出す 

最初にまず彼らはお前に欲しい物を全て与え そしてお前の持つ全てをあとから奪う

彼らは二本足で立って生きているが 死ぬ時には跪く 聖者のような出で立ちで悪魔と結託する

彼らが神の存在を知っているのは 悪魔がそう告げたから 彼らは井戸の底に向かって

私の名を大声で叫ぶ 私はここだ まだまだくたばっていない

肉体は木の中の空洞で腐ったまま その枝が私のための絞首台に影を投げかける 

その次の日も そのまた次の日も 更にまたその翌日も”

 

という感じで、今回は何となく”ボウイと宗教”みたいなサブテーマが見えてきましたね。では本来の流れに戻りまして、1983年の『レッツ・ダンス』からの3rdシングル”Modern Love(全米14位・全英2位)”をどうぞ。

 

 

表面的にはノリのいいポップ・ロックなんですが、歌詞の内容は「近代以降骨抜きにされた信仰やスピリチュアリズムのあり方、および教会という組織の存在が個人と神の結び付きを遠ざけてしまう状況」について歌われています。

 

引き続き、1984年の『トゥナイト』からの3rdシングル”Loving The Alien(全英19位)”をどうぞ。この曲の歌詞には「テンプル騎士団とサラセン人達(中世におけるイスラム教徒の呼称)」や、「(十字軍を率いた)獅子心王」などの名前が登場します。

 

 

 

“祈りを捧げれば あなたの罪は全て宙づりとなり 異教徒の噓は消え失せる 祈ることで 

悲観的な見方は覆い隠され よそ者を愛するなどという 全くもって奇妙なことを信じるようになる 

そしてあなたの祈りは 空を真っ二つに引き裂いてしまう”

 

1992年にボウイと再婚したイマン・アブドゥルマジドはソマリア出身のスーパー・モデルであり、かつムスリムでもありました。それを踏まえて「神あるいは霊的な存在は認めているが、仏教にシンパシーを抱きつつキリスト教的な宗教観には懐疑的」なボウイが、80年代中盤には既に「キリスト教とイスラム教の対立軸」をテーマに曲を作っていたというのは、正に時代の先を見越していたという気がします。

 

この時期のボウイの特徴として、オリジナル・アルバム以外での課外活動が非常に活発だったことが挙げられます。以下その辺りを思いつくままに。まずフュージョン畑のミュージシャンであるPat Metheny Groupとのコラボによる、映画『The Falcon and The Snowman』の主題歌”This Is Not America(全英14位)”を。

 

 

そして、Live Aidと連動したチャリティ・シングルとして遂に(?)実現したミック・ジャガーとのデュエット”Dancing In The Street(全英1位・全米7位)”を。オリジナルはMartha and the Vandellasの1964年のヒット曲で、後に公民権運動のテーマソングとしても歌い継がれるようになった曲です。

 

 

楽しそうで何より(=´▽`=)。この時期のボウイやローリング・ストーンズのPVを数多く手掛けていたジュリアン・テンプル監督による初の長編映画『アブソルート・ビギナーズ』にはボウイも重要な役どころで出演、主題歌も担当しました。”Absolute Beginners(1986年/全英2位)”を。

 

 

更に、当時16歳だったジェニファー・コネリーが主演した映画『ラビリンス』にも魔王ジャレス役で出演。主題歌の”Underground(全英21位)”を提供しました。この曲は彼にしては珍しいほど正面からゴスペルに挑戦した意欲作で私は結構好きなのですが、ファンが彼に求める路線とのギャップがこの辺りから表面化してきます。

 

 

核戦争をテーマにしたアニメ映画『風が吹くとき』でも主題歌を担当。”When The Wind Blows(全英44位)”を。

 

 

85年と86年だけで4本もの映画の主題歌を手掛けてますが、おそらくこれが「巨額の契約」の中身なんだろうなあ、と。遡って82年、『レッツ・ダンス』のリリース直前にはナスターシャ・キンスキー主演の映画『キャット・ピープル』の主題歌を、あたかも「お試し」のようにリリースしていたり。『レッツ・ダンス』発表後のツアーでの”Cat People”のライブ・バージョンをどうぞ。

 

 

この時期の過剰露出がファンを「お腹いっぱい」にさせてしまったのか、はたまたアーティストとしての創作力の衰えのせいなのか、1987年のアルバム『ネヴァー・レット・ミー・ダウン』は内容・セールス共にかなり残念な結果となりました。1stシングルの”Day-In Day-Out”のPVで、黒い革ジャンにローラースケート(!)でギターを構えながらのっそりと徘徊する姿は、お世辞にもカッコいいとは言えなかったのですから。楽曲がまた、ピント外れもいいとこで。

 

現在に至るまでボウイのファンの中で最も評価の低いそのアルバムから、一番マシなタイトル曲”Never Let Me Down(全米27位・全英34位)”を。あえて貼りませんが、シングル用のリミックス・バージョンの出来はひどいもんでした。PVがアルバム・バージョンだったのがまだ救いです(ノ´Д`)。

 

 

その後彼は自分でもスランプを自覚したのか、何とソロとしての活動を停止して四人組のバンド「ティン・マシーン」のボーカルに収まるという荒技に出ます。89年リリースの1stアルバムからのシングル”Under The God”を。

 

 

この曲はまあそれなりにカッコいいんですが、でもこのPVに象徴されるようなどこか”ヤラセくさい”雰囲気が漂っていたのも事実で。そうかと思えば、90年にはRykodiscから過去の作品群が再発されるのに合わせて「昔のヒット曲はこのツアーを最後に封印する」と発表して、全曲ファンからのリクエストで構成したSound+Vision ツアーで世界を廻るも、ファンや評論家からは酷評されて、と。この時のツアーで帯同したギタリストのエイドリアン・ブリュー(元キング・クリムゾン)のソロ・アルバムに提供した”Pretty Pink Rose”を。この曲はカッコいいです。ティン・マシーンの楽曲全てよりもこの曲の方が遥かにカッコいいというのが、ティン・マシーンのダメさを象徴して いる気がします。

 

 

その後1991年リリースのティン・マシーンの2ndアルバムは、全英23位・全米126位というボウイ史上最も低いチャート・ポジションを記録し、彼のアーティストとしての評価も地に落ちたとまで言われます。このアルバムから、ブライアン・フェリー率いるロキシー・ミュージックのカバーである”If There Is Something”のライブ・バージョンを。ボウイがブライアン・フェリーの曲を歌うなんてねえ…郷ひろみが西城秀樹の曲を歌うようなもんですよ。違うか。

 

 

今から振り返れば納得なんですが、当時の彼は正直音楽どころじゃなかったんですね。と言うのも、1990年の10月からイマンとの交際がスタートしたらしいので。二人の出会いは前述のSound+Vision ツアーに彼女を招待して、楽屋に挨拶に訪れたことがきっかけとのことですから…やはり「持ってる」というか、「転んでもタダでは起きない」人なんだな、という。

 

次回はイマンとの再婚を経て、再びアーティストとしてのキレを取り戻した93年以降を取り上げます。では。

 

 

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マッキー

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。
渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」

  

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マッキー

ゆらぎのシラベ♪

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」

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