23. What In The World/デヴィッド・ボウイ

 

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23. What In The World/デヴィッド・ボウイ

2018.03.08

 

こんにちは、マッキーです。

LGBT関連の洋楽アーティストのオススメ楽曲を紹介する『ゆらぎのシラベ♪』、第23回目です。

今回もまた、デヴィッド・ボウイです(一体何回続くんでしょうね(^^;))。今回は所謂”ベルリン三部作”こと、1977年のアルバム『ロウ』から『ヒーローズ』『ロジャー』までの実験的な作品群を取り上げたいと思います。

 

と、その前に前回最後に取り上げた”Wild Is The Wind”と自分の中で対になってるこの楽曲をば。Bryan Ferryの”These Foolish Things”です。
 

 

 

以前この連載でジョン・レノンを取り上げた時に、「デヴィッド・ボウイとブライアン・フェリーは同じコインの表と裏」と書いたのを覚えておられるでしょうか。なのでいずれはブライアン・フェリーも…と思っていたのですが、よく考えてみるとブライアン・フェリーってLGBTじゃないんじゃないの?、と。で、調べると2008年のテレグラフ紙のインタビューでこう語っていました。

 

「70年代のアート・シーンは基本的にゲイの世界だった。実際(彼の在籍していた)ロキシー・ミュージックのアート・ワークを担当していたアンソニー・プライスをはじめ、バンドの周囲にはゲイの人達がたくさんいた。でも自分を含めてバンドのメンバーは全員、北部出身で女の子と付き合ってるストレートの男達だった。で、自分も自身の(ヘテロとしての)セクシュアリティに対してクエスチョニングだったことはない。ボウイとは違ってね」と。

 

はい、消えた〜!。という訳で、ブライアン・フェリーを取り上げるとしたらこのタイミングしかない、と思いまして。というか、また個人的な話で恐縮なんですが、別れた嫁さんが大ファンだったんですよ。ロキシー・ミュージックとブライアン・フェリーの。確か2002年に大阪でコンサートも一緒に観たんじゃないかな。あんまりよく覚えてないんだけど(^-^;)。で、一人目の彼女とはボウイのコンサートを1996年に大阪で観てるという。つまり、”一人目の彼女=ボウイのファン”、”二人目の彼女(かつ元奥さん)=ブライアン・フェリーのファン”という。それだけの話なんですが。へへへ。

 

でもこの二人は正反対のタイプで、前者が”火”だとしたら後者が”水”みたいな。牡羊座と蠍座だったし。別れた奥さん、美人だったんですけどね。上原多香子と天海祐希の若い頃を足した感じの。”THE 宝塚”みたいな。「”These Foolish Things(=これらのつまらない事柄)”が、あなたのことを思い出させる」って、正に歌の通りです。この楽曲が持つ温かみや優しさや自我境界が溶けていくような感じ、それらを全部ひっくるめて私が彼女と過ごした時間を思い出させます。離婚を切り出したのは私からなんですけどね。後悔はしてません(きっぱり)。

 

一応この曲のオリジナル、と言っても本当にたくさんの人が取り上げてるスタンダード・ナンバーなんですが、ブライアン・フェリーのバージョンに近い感触を持つElla Fitzgeraldのバージョンを。
 

 


 

イディオット

 

 

さて気を取り直して( `ω´)、ボウイの話に戻りましょう。コカイン中毒と縁を切るためにまず彼がしたことは、同じく当時ドラッグの問題を抱えていたイギー・ポップを連れてフランスに渡ることでした。そこで最初にイギーのソロ・アルバムである『イディオット(=愚か者、馬鹿野郎)』をボウイのプロデュースで制作します。このアルバムからボウイとイギーの共作による”China Girl”を、イギーのバージョンとボウイのバージョンで。後者は1983年にアルバム『レッツ・ダンス』からの2ndシングルとして、全英2位・全米10位になっています。
 

 

 



 

ロウ

 

 

そこで新しい方向性を掴んだボウイは、引き続き元ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノ、および気心の知れたプロデューサーであるトニー・ヴィスコンティを呼び寄せます。そして出来上がったのが電子音楽とロックの要素を絶妙にブレンドしたアルバム『ロウ』でした。このアルバムからイギーがバック・ボーカルで参加している”What in the World”をどうぞ。
 

 

 

前作でも参加していた黒人のリズム隊によるパワフルなグルーヴ、メロディを奏でるというよりはノイズっぽいプレイのギター、そしてひたすらピョコピョコ鳴り続けるシンセ、トドメにエフェクターによって奇妙な音色に加工されたドラムの音と、明らかにそれまでの彼の音楽とは音の成り立ちが違うのが伝わるでしょうか?正に後の「ニュー・ウェーヴ」を先取りしたかのようなサウンドだと思います。このアルバムからさらに2曲、”Always Crashing in the Same Car”と”Warszawa”を。
 

 

 


 

ヒーローズ

 

 

『ロウ』はフランスで録音→ドイツでミキシングという作品でしたが、次作の『ヒーローズ』は録音・ミキシング共に西ベルリンのハンザ・スタジオで行われました。あと、『ロウ』と『ヒーローズ』の違いで大きいのは、後者にはキング・クリムゾンのロバート・フリップがギターで参加していることです。彼の特徴的なプレイが堪能できる”Joe The Lion”と、当時ボウイのお気に入りだったKraftwerkへのオマージュ的な”V-2 Schneider”を。
 

 

 

 

ハンザ・スタジオは実はベルリンの壁から200mしか離れてないんですが、そこで当時妻帯者だったプロデューサーのトニー・ヴィスコンティ(後に離婚→再婚→再離婚)が浮気相手とデートしているのを目撃したボウイが、そのことを歌詞に盛り込んだと言われている”Heroes”を。1987年6月のベルリン公演の際、「今夜はみんなで幸せを祈ろう。壁の向こう側にいる友人達のために」との言葉とともに演奏されたそうです。それを受けて、彼の没後にドイツ外務省が「さよならボウイ。壁を壊す手助けをしてくれてありがとう」とツイートしたことも話題となりました。
 

 

 

この”Heroes”の影響を強く感じる楽曲として、所謂「ボウイ・チルドレン」の中でも筋金入りの二組、The Cureの”Pictures Of You”とJoy Divisionの”Atmosphere”をどうぞ。後者はアマチュア時代に「ワルシャワ(先述の”Warszawa”にちなむ)」と名乗っていたぐらい、ボーカルのイアン・カーティスはボウイの熱烈なファンでもあり、かつボウイの影響でドイツ表現主義にもハマっていました。
 

 

 

 

“Atmosphere”と並ぶ彼らの代表曲で、80年代UKロックを代表する名曲”Love Will Tear Us Apart”を。
 

 

 

この曲がシングル・リリースされる直前の1980年5月18日に、イアン・カーティスは自宅で首を吊って自殺してしまいます(第一発見者は妻のデボラ・カーティス。その時レコードプレーヤーで無音のままくるくると回り続けていたのが、前述の『イディオット』)。

 

当時彼は抗てんかん薬の副作用による鬱症状や、妻子がいるにもかかわらず他の女性と恋愛関係(単なる不倫ではなく、むしろソウルメイト的な関係性)になってしまったことなどで深く悩んでいたそうです。その辺の話に興味のある方は是非、アントン・コービン監督によるイアン・カーティスの伝記映画『コントロール』を観て下さい。で、もし映画を観て打ちのめされたらNew Orderのベスト盤である『サブスタンス』を聴いてみて下さい。イアンの死後、残された3人のメンバー達がどうサヴァイヴしたか、それを知っておくことには大きな意義があると思うので。『サブスタンス』の最後に収められている”True Faith(1987年・全英4位)”をどうぞ。
 

 

 

 

ということで、『ロジャー』まで行かなかったですね( ;´Д`;)。でもいいです。ボウイについて語るということは、寄り道や脱線が多くなって当然だと思うので。むしろそれが主たる目的のような気がしてきた(^o^)V。図らずも自分の別れた奥さんに言及した流れから、トニー・ヴィスコンティとイアン・カーティスの話に繋がるとは思ってもみませんでした。では、また。

 

 

 

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マッキー

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。
渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」


 

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マッキー

ゆらぎのシラベ♪

生まれは京都。でも魂のふるさとはイギリス北部(たぶん)。渚カヲルに似てると言われたことがある。「歌はいいねえ。」

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