「誰の」LGBTs?―「わたしたち」をナナメ読みする―

 

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2017.12.06

「誰の」LGBTs?―「わたしたち」をナナメ読みする―


 


 こんにちは、初めましての方ははじめまして、「LGBTsナナメ読み!」を担当させていただいている古怒田です(「ナナメ読み」の意味についてはこちら)!

 今回のテーマは、「わたしたち」です。

 

「誰の」LGBTs?

 
 LGBTsという言葉を、それ自体として使う場合でも、単体で―たとえばT(トランスジェンダー)だけを―使う場合でも、「わたしたち・・・・・LGBTsは」や「わたしたちトランスジェンダーは」という仕方で用いられることがあります。
 「わたしたち」という言い方は、ある意味で、ひととひとやコミュニティ同士の「つながり」を示すポジティブな表現方法です。

 ですが、いったん立ち止まってみましょう。「わたしたち」とは「」を指しているのでしょうか?そして、「わたしたちではない・・・・」存在とは何なのでしょうか?
 こうして、「誰の・・LGBTs」なのかという問いにゆきつきます。そこで「わたしたち」を今回はナナメ読みしてみたいと思います。
 

LGBTsのうちにある「土壌の違い」

 
 まずは「わたしたち」と語られる際に、どんなことが前提とされているか考えてみたいと思います。そこで以下のような言葉をひいてみたいと思います。
 


「セクシュアリティ、人種、ジェンダー、そして階級は、ひとつの領域内のはっきりと区分された区画を占めるのではなく、むしろ共通の土壌を育成しているのだ。」


(ハリエット・マリノウィッツ「クィア・セオリー:誰のセオリー?」三村千恵子訳〔1993〕p.214[『現代思想臨時増刊号 第二五巻六号 総特集レズビアン/ゲイ・スタディーズ』青土社〔1997〕より])
 

 この言葉は、今からおよそ30年前にハリエット・マリノウィッツという研究者が「クィア・セオリー:誰のセオリー?」という論文で述べた言葉です。
 「クィア・セオリー」という言葉に関しては、今回は置いておきます。ここで考えたいのは、上記のマリノウィッツの言葉の意味です。
 マリノウィッツが上記の言葉で意識しているのは主にゲイとレズビアンですが、ここにトランスジェンダーや「s」を加えても差し支えないでしょう。なので、以下ではマリノウィッツの言葉をLGBTs全体に当てはめて考えてみます。


 マリノウィッツが言いたいことは、「あるひとの性(「土壌」)は、ひとつの要因だけではなく、いろいろな他の分脈から形成されている」ということです。
 例えば、「トランスジェンダー女性」(戸籍上あるいは生物学上男性とみなされた方が、色々な仕方で、女性としての性を生きる仕方)と一口に言っても、日本人なのか、アメリカ人なのか(「人種」)、労働者なのか経営者なのか(「階級」)や、二丁目や歌舞伎町にゆくのか、それともまったくゆかないのか(生活の仕方)ではそのひとの「トランスジェンダー女性」としてのあり方は大きく変わってゆくでしょう。

 そもそも、男性と女性という区別がどの場面でもないような国があれば、そこではそもそも「トランスジェンダー女性」という言葉すら必要がなくなるかもしれません。

 もちろんこんなわかりやすい「土壌の違い」だけではなく、世代、地域、趣味等もっと細かい「土壌の違い」もマリノウィッツの言う「土壌」には含まれているでしょう。

 こんなふうに、「LGBTs」はそのうちにきわめて繊細で多様な「土壌の違い」を含んでいます(前回の記事はLGBTsを外へ広げてゆくものでしたが、今回はLGBTsの内にもぐりこんでナナメ読みしています)。
 そのため「わたしたちLGBTs」や「わたしたちトランスジェンダー」と言うときの「わたしたち」のうちには、このような繊細で多様な「違い」が含まれているわけです。


 

「わたしたち」という暴力

 
 ですが、ひとたび「わたしたちLGBTs」と誰かが言った瞬間に、この「土壌の違い」がみえづらくなります。
なぜなら、「わたしたち」と言うことは、そのひとの属する「土壌」に当てはめて「わたしたち」が「誰」であり、「誰でないか」を選別することだからです。

 たとえばボクが「わたしたちLGBTs」といったとしましょう。
 このときボクは、「成人男性」や「研究者」という社会的階級や「日本人」という人種、また「パンセクシャル」であるというセクシャリティなどの自分の「土壌」を、暗に前提として「わたしたち」と語っています。
 そうして気がつかない間に、「成人男性ではないひと」(戸籍上も性的アイデンティティも女性の方や高齢者等)、「研究者ではないひと」(学術用語がわかるひとだけを「わたしたち」と呼んでいる)、「パンセクシャルではないひと」(例えば同性愛者)を排除している可能性があります。

 このように、どんな仕方であれ、誰かが「わたしたち」と言葉にすることには、そのひと固有の「土壌」に基づいた、「わたしたちではない誰か・・・・・・」の排除という「暴力」が伴います。

 では、このような「わたしたち」と語ることの暴力のなかで、「わたしたちLGBTs」や「わたしたちトランスジェンダー」と語ることには、どのような意味があるのでしょうか。


 

「同じで違うわたしたち」を自覚すること

 
 繰り返しになりますが、誰かが「わたしたち」と言うことは、「わたしたちではない・・・・」誰かを生み出し、そのような他の誰かを排除することを必然的に伴います。

 この「わたしたち」という表現が行う排除において、前提にされていることは「『わたしたち』は『同じひとつのもの』=『単一のもの』」だということです。
 ひとは、時に、あたかも自分たちが前提としている「わたしたち」だけがこの社会や世界において存在しているとふるまうことがあります。それは、「わたしたち」は単一だとみなして、無自覚のうちに誰かを排除する暴力です。

 けれども、これまでみてきたように、「わたしたち」と語る人それぞれはみな「違い」をもちます。ボクと読者のみなさんが、「わたしたちLGBTs」と言うときには、どこかに「土壌の違い」があります。


 例えば、ボクは東京に住んでいて、歌舞伎町が好きで、研究者です(もちろんそれ以外にもとてもとてもたくさんのボクを説明する要素がありますが、ここでは単純化します)。
 だから、もしボクが「わたしたちLGBTs」と言う時には、東京に暮らし、歌舞伎町に親しいものとして、そして研究者の立場から語ることになるでしょう。
 けれど、東京ではない場所に住み、歌舞伎町にゆかず、また研究業とは無縁の方もまた「わたしたちLGBTs」と言うことは多分にあるでしょう。

 このとき、ボクの言う「わたしたちLGBTs」と上記の例のような方が言う「わたしたちLGBTs」は、LGBTsという意味で「同じひとつのもの」であるだけでなく、環境や階級における「土壌の違い」があります。
 だから、「わたしたちLGBTs」とは、ここで、「同じで違う・・・・・わたしたちLGBTs」を意味します。「LGBTs」としては「同じ」だけれど、それぞれの「LGBTs」の生き方、「土壌のあり方」(たとえば具体的には、東京に住むLGBTsとそうではないLGBTs)においてお互いに異なります。


 「わたしたち」と言うことは、必ず、この「同じ」と「違う」を同時に含む「同じで違うわたしたち」という「矛盾」をもちます。
 そして、大切なのは、「わたしたち」と言うときに、この「同じで違う」という矛盾を自覚することです。言い換えれば、お互いの立場から「わたしたち」と語りつつ、お互いの「土壌の違い」に気づくこと、それが「同じで違うわたしたち」を自覚することです。

 では、この「同じで違うわたしたち」を自覚することは、何を意味するのでしょうか?

 それは、たとえ互いに「わたしたち」と語ることで不可避的に相手を排除し合いながらも、「わたしたち」を単一のものとみなしてお互いの立場を否認せず、お互いの「わたしたち」に含まれた「土壌」を理解し、応答したり、自己反省したりすることだと思います。

 ボクの場合でいえば、「同じで違う複数のわたしたち」の自覚とは、ひとつには、研究者という立場からの特定の「わたしたちLGBTs」であることを常に反省し、どのように言葉を噛み砕いてゆくか(あるいは噛み砕かないか)を見定めることだと考えます。
 


 「わたしたち」という言葉は、ひととひとやコミュニティ同士の「つながり」を求めてゆく上で大切な言葉です。けれど、「わたしたち」という言葉がもたざるを得ない暴力を自覚し、互いに語り、反省することもまた必要です。

 現在LGBTsという言葉が広まり、色々なところで「わたしたちLGBTs」や「わたしたちトランスジェンダー」と言われるなかで、「同じで違うわたしたち」という矛盾を自覚してゆくこと、それが、LGBTsのどれかに属したりそれに関わったりするそれぞれが語る「わたしたち」の土壌の違いを排除せず、単一の「わたしたちLGBTs」という暴力を存在させないための一つの仕方なのではないでしょうか。
 

前回までの連載
・「LGBTsナナメ読み!とは?
・「LGBTsの「s」をナナメ読みする
   

 

Writer's Info

 古怒田望人(こぬた あさひ)

 ジェンダークィアのパンセクシャル。大阪大学大学院でフランス現代思想とトランスジェンダーにかかわる研究をおこなっている。
 また都内で、マジョリティ、マイノリティの垣根を越えて性を共有する哲学サロン「ふらてるにて」を運営。
Twitter:@ilya_une_trace

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