新しい時代には消滅してほしい3つの呪い

 

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2019.01.03
明けましておめでとうございます。Jitianです。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
(※この記事を書いているときはまだ2018年の暮れです……。)

今年は、春にはいよいよ平成から新しい年号に変わり、来年には東京オリンピックも開催されるということで、色んなことが加速度的にガラッと変わっていくのではないかなと思っています。
ということで、今回は、そんな新しい時代にはなくなってほしいシスジェンダー・ヘテロセクシャル社会における3つの「呪い」をピックアップしたいと思います。

正直に言うと個々のトピックに関しては近しいものも含めて昨年または一昨年に触れていますが、でも何度も言っていかないと日常の雑務に追われて「まあLGBTは、高齢者や子ども、障がい者への福祉に比べたら、優先順位低いでしょ」と忘れ去られてしまうので、何度も言っていきたいと思います。
皆さんも、「これがなくなると生きやすくなるな」「新しい時代には、今までできなかったこういうことしたいな」と色々わくわくと想像を巡らせながら読んでいただけますと幸いです。




 

一対一の「異性婚」からの解放



今すぐにでも一番変わって欲しいことは、戸籍上の男女一対の異性婚しか認められない現状の日本の結婚制度です。
なぜパートナーの法的保証制度の条件がこんなに狭いのでしょうか?
この条件を満たしていないと法的にパートナーシップを保証できない理由は何なのでしょうか?


知り合いのなかで、何組か戸籍上の性別が同じでパートナーシップを築いているカップルがいますが、「でも日本だからいくら深い仲になっても結婚はできないんですよね、気持ちの問題でしかないんですよね」と残念に思う自分がいます。
また、昨年友人が2人結婚・婚約したのですが、「男女のカップルはいいですね、関係を法的に保証して欲しいと思い立って紙を出したら、何のハードルもなくもれなく法的に保証されて」とどこかで素直に祝福できない自分がいました。

こんな想いをもうしたくなのです。みんな心から祝いたいのです。

同性婚は言わずもがな。
一部自治体による独自のパートナーシップ制度も徐々に普及しつつありますが、地域に差の出る条例ではなく、早急に国土全体で有効となる、現状の結婚制度と同等の権利のある制度が整備されるべきです。

同性婚が認められていないのは、父親となる男性が経済的な柱となり母親となる女性が家事育児を担うという家父長制を存続させないと、ますます少子高齢化が進むという謎の懸念がまだ根強いからなのは言うまでもありませんが、片親や共働き家庭など、明らかにこの前提はどんどん崩れています。
同性婚は同性愛者の「救済措置」になるだけでなく、たとえば性別に関係なく片親同士が助け合う関係を法的な保証のもとでつくるなど、色々な理由から結婚していない人の支えにもなり得ます。

また、「まだ同性愛に対して『反対意見』も多いから法整備は時期尚早だ」という意見もありますが、これに対しても、むしろ偏見、差別意識が強いからこそ、法を整備することによって「国が、法が認めるのなら、まあ……」と、同性愛は法的に保証されるべきものであるという意識改革につながります。



今までは同性婚ばかり考えていましたが、近頃はなぜ一対一のパートナーシップしか法的に保証されないのか、つまり同時に複数人とのパートナーシップを築くポリアモリーも保証されるべきではないかとも考えています。

ポリアモリーのパートナーシップを法的に保証するとなると、今までの結婚制度だけでなく、保険、財産・相続など、色んなものを抜本的に変える必要があります。
そう考えると実現がかなり難しいものではないかというように感じがちですが、そもそもこれらの問題は「夫婦」だけの問題ではなく、親や子、親戚を含めた「家族」の問題です。
夫婦のかたちというより家族のかたちの変化と考えれば、想像しているものより複雑なものではないのではないでしょうか。


 

「モテる」かどうかが指標の恋愛至上主義社会



新しい時代には変わって欲しいと思う2つめの「呪い」は、「モテる」かどうか、「恋人がいるかどうかが社会での評価基準としてとても重要なものになっているということです。

先月のクリスマス、皆さんはどのように過ごされましたか?
家族と家でケン●ッキーバーレルとケーキを食べた人、友人と楽しくゲームで遊んで鍋を囲んだ人、恋人とおいしいレストランで贅沢をした人、一人で好きなコンテンツを思う存分楽しんだ人、あるいは仕事や学校だった人、受験勉強などで忙しく特に何もしていない人、色んな人がいるでしょう。

ちなみに私は、クリスマスイブは一人家で大好きなアイドルのMVを一気に見て、クリスマス当日は同僚のヘルプで、全員で久々に3時間半も残業する羽目になりました……しんどかった。

私みたいにクリスマスを一人で過ごすことを俗に「クリぼっち」と言うそうですよ。
うっせえな、大きなお世話だよ。

また、今はこの言葉が死語となっているのか分かりませんが、数年前に私が大学生だった頃は、彼氏/彼女がいる人のことを「リア充」(リアル(=実生活)充実)、そうでない人を「非リア」(リア充でない)という言葉を聞かない日はありませんでした。
この言葉の部類を適用すると、私の学生生活のほとんどは非リアでしたが、俺の学生生活はサークルと勉学とアルバイトと推しの応援と2度の短期留学で、めちゃくちゃ忙しくて楽しかったぞ。
勝手に他人に実生活が充実していないなんて言われて、決めつけられてたまるか。


この「リア充」という言葉に表れているように、生活の充実感は人それぞれなのに、恋人がいるかいないかだけで他人から見た生活の充実感が決まるだなんて、随分と恋人がいるということに対する社会的「価値」や「ステータス」が高すぎやしませんか。
逆に、恋人がいるということはそれほどまでに充実感を得られるもの、充実感を埋めるものなのでしょうか。
なんだか、恋人は「あなた」とは異なる独立した心を持った人間なのに、モノ扱いしているように感じるのは私だけでしょうか。



もちろん、恋人がいることで日々の生活の大変なことを頑張れるとか、一緒に旅行に行きたいからガンガン働いて稼ごうなど、モチベーションアップに大いにつながることもあるでしょう。

でも、何度でも言いますが、恋人がいないと生活が充実しないということはどう考えてもありません。
恋人がいようがいまいが、「生活を充実させよう」と思うのは一個人の問題ですし、その「充実」のベクトルは人によって異なります。

恋人やパートナーがいることがすべて、一定の年齢になってもいない人は人間性に問題がある、みたいな価値観や考え方はまだまだ根強いように思いますが、価値観の多様化によってこのような呪いも少しずつ解かれていって欲しいと期待しています。


 

女性の化粧は「マナー」



成人女性、社会人女性は、外出時には化粧するもの。だってそれが「マナー」だから。

大学生当時、クローゼットでシスジェンダー女性として生活している一方で普段ほとんど化粧をしない私が、就活のときに本当に困った「マナー」という名の呪いです。

ここで、「『マナー』って武器を振りかざしてえらい顔してみんな言うけど、そもそも『マナー』って何だ」という疑問にぶち当たったので、辞書で調べてみました。
 
マナー [manner][名]
礼儀。行儀。作法。
「テーブルマナー」

出典:北原保雄編(2008-2011)『明鏡国語辞典MX』大修館書店


これだとあまり理解が進まないように思うので、「礼儀」「行儀」「作法」に関しても調べることにしました。
 
れいぎ【礼儀】[名]
社会生活の秩序や円滑な人間関係を保つために守るべき行動規範。特に、相手に敬意を表す作法。

出典:北原保雄編(2008-2011)『明鏡国語辞典MX』大修館書店
 
ぎょうぎ【行儀】[名]
日常生活での、礼儀にかなった動作や態度。

出典:北原保雄編(2008-2011)『明鏡国語辞典MX』大修館書店
 
さほう【作法】[名]
(1) 物事を行うときの、慣例となっている方法。しきたり。
(2) 起居・動作の手本となる、正しい方法。
(3) 詩歌・小説などの、きまった作り方。さくほう。

出典:北原保雄編(2008-2011)『明鏡国語辞典MX』大修館書店


これらをまとめると、「女性の化粧はマナー」というのは「相手に敬意を表す、日常の社会生活の秩序や円滑な人間関係を保つために守るべき正しい方法として、成人女性は化粧をしなければならない」ということになります。

まあ確かに化粧した方が、正直見栄えはよくなりますよ。

たとえば私の場合だったら、化粧をしないと顔色があまりよくなくて青白いし、目つきはよく眠そうとか話聞いてなさそうとか半開きとか睨んでるとか言われるし、唇の色も体温低そうな色味をしていますが、化粧をすれば幾ばくか血が通って健康そうに見えるし、目も「死んだ魚の目」から「若干不健康な魚の目程度」には回復していると思います。

でも、なぜこれが女性が女性であるだけで「マナー」として強制されるのでしょうか。

女性が化粧をしていないと、社会生活の秩序は崩れるのでしょうか。
人間関係が円滑でなくなり、亀裂が生じるのでしょうか。


また、男性が「社会生活の秩序を保ち、人間関係を円滑にするための手法」として化粧が導入されないのはなぜでしょうか。
むしろ、男性が化粧をすると「気持ち悪い」「V系気取ってる」などあまり歓迎されないような風潮がありますが、なぜ男性が男性であるだけで化粧をするのはよくないと思われてしまうのでしょうか。



昨年、似たよう内容で記事を書きましたが、女性が化粧をするのが強制されるのはシスジェンダーヘテロセクシャルの男性を視界的に喜ばせるため、男性が化粧するのが歓迎されないのは女性に「成り下がる」行為と捉えられるからではないでしょうか。



今となってはほとんど化粧していないのではないかというくらい普段は薄化粧の私ですが、その理由はかなり多汗で、特にこの前の夏みたいにめちゃくちゃ熱い期間や、屋内外の寒暖差が激しい今みたいな気候だと汗が滝のように噴き出して色んなものが一瞬でデロンデロンに崩れ、むしろすっぴんより見栄えが悪くなるからです。
一方で、たまに気が向いたときに自己表現の一つとして、下地からつけてマスカラも極限までまつげを長く見せるようにつけるなど、ばっちり化粧したいときもなくはないのです。

このように、今日はここ一番のプレゼンの日だから目力を強くして説得力を増すようにして成功させたいとか、夜通しスポーツ観戦して楽しかったけどクマがひどいからちょっと隠したいとか、元気で明るい第一印象をもってもらいたいからオレンジやコーラルピンクなどのヘルシーな色味を使おうとか、とにかく初見で覚えてもらうために青い口紅を塗って派手にしようとか、好きな人がそのときどきの好きな理由で化粧をして自分を表現したいとき表現するのが一番理にかなっているのではないでしょうか。


 

もっと好きに楽に楽しい、新しい時代へ



以上、3つの消滅して欲しい「呪い」について書きました。

「こうするべき」「こうあるべき」という考えや、そういった考えをもとに制定された法律などに縛られた生活や人生は、セクシャルマイノリティだけでなくみんながしんどくなるものであると考えています。

実際に、同性婚など、海外は一部で実現しているものもあります。
今後、日本も新しい年号が発表されるにあたって、多様な価値観の存在もどんどん認められるようになるだろうとポジティブに想像しています。

ただ、文字通り待っているだけでは仕方ないので、今年もゆるゆるとセクシャルマイノリティの視点から、世の中がより自由で楽しくなるために必要なことを考えていきたいと思っています。

重ねての挨拶とはなりますが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。



※なお、私事により、今年から隔週連載でなく1ヶ月1記事掲載のスタイルとなります。
ますますマイペースな連載とはなりますが、どうぞ温かい目でお付き合いください。

 

WRITERこの記事の投稿者

Jitian

隣の凡人X~セクマイですが何か~

Xジェンダー、パンセクシャル。常駐しているTwitterと気が向いたら書いているブログもよろしくお願いします!

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