第29話:身体違和とジェンダー違和は異なる

 

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第29話:身体違和とジェンダー違和は異なる

2018.11.20
皆さんこんにちは。

前回はいつもと違う感じで書いてみましたがいかがでしたでしょうか(まあどちらかというと前回の方が自分には書きやすかったのですけど……)。



さて、その前回の記事を書いている中で、自分の中でようやく一つ整理がついたことがあります。

それは、身体の違和感とジェンダーに対する違和感は別物だということです。



 

ジェンダー違和のない俺



その前回の記事にも書いたように、私は特にスカートを穿くことに対して抵抗はさほどなく、今日もワンピースで出勤していたくらいです。

ただし、「今日は自認が女性寄りだからスカートにしたい」から着ているのではありません

私の場合、性自認は無性なので、そのときどきで自認が変わるという感覚はありません。
私は、いつだって女性でもないし、男性でもないのです。

強いて理由を挙げるとするならば、チノパンとか他の服は洗っていたという洗濯物の事情や、朝寒かったから裏起毛のタイツを穿きたかったという気候の理由ならありますが、例えて言うなら私にとって男/女寄りの服を選ぶということは、「白米よりパン」「肉より魚」といった、単なるそのときの気分による好みと同列です。
どちらも好きだけど、今はこっちをより欲している、今日はこっちを選択した方がより満足度が高いといったところでしょうか。


また、髪も結構長髪で、ここ3年くらいは鎖骨より5~10cm長いのをキープしています。

これも、アゴのラインが埋没しているから短髪は似合わないからとか、長い髪を下ろすと保温効果があってこれからの時期にちょうどいいとか、そもそも気付いたときには長髪でいた時間の方が長くてこっちの方が慣れていて落ち着くとか、髪を伸ばしている理由はいくつかあるのですが、つまるところ「長髪が好き」だから長髪にしているのです。

(まあ、FtXで長髪でもいいやと思えるようになったのは、ある日混沌としたTwitter界に彗星の如く現れた神様こと「俺」さんが長髪なのを見て、髪の長さと性別って関係ないなと思えたからなのですが……俺さんは最高にかっこよくて面白いぞ……。)



ここで言いたいのは、勿論ジェンダーフルイド(性自認が流動的で変わる方)が、自分のジェンダー感覚の変わるのに合わせて服装も変えることを否定するのではなくて、必ずしもXジェンダーの人で服装に「一貫性」のない人は、みんなそのときどきの性自認の感覚に従って服を選択しているとは限らないということです。


 

身体違和のある俺



かといって、これもまた人によりますが、私の場合は多少の波はあれど(※)身体違和は常に感じています

具体的には
「何で俺の身体は女性のつくりなんだろう」
「自分の身体が、女性でなく、かといって男性でもなく、何もなかったらよかったのに」
と、どこかでいつも思っています。

周りにいる男性の胸がなくぺたんこなのを見ると、いいなあ胸がなくて、と思ってしまうこともあります。

※感覚でしかありませんが、ここ数年はこれでも身体違和は少しだけ軽減されたと思っています。それは、常時服用している薬の作用によるものと思っています。その薬に関することは、こちらで以前書いています。



一方で、最近はスポーツブラジャーにハマっています(クロのノンワイヤーはまったくブラジャーを付けていることを忘れられていいぞ)。
そういった下着を付けていると、元々あまり胸は大きくないにしろ、より胸が目立たなくなってほとんど真っ平らになり、まるで本当に私の身体から胸がなくなったんじゃないかと思えて、鏡を見ても憂鬱な気分にならず、むしろ気分がよいです。

しかも、この「胸が目立たない」ということは、どの服装をしているときでも、また化粧をしているかどうかにかかわらず、いつだって嬉しいのです。



なぜか、20歳を超えた頃、「いい加減俺もぐずぐずしてねえで、大人の女性に最低限見られるように振る舞わねえと」と焦りを感じて、ワイヤー入りのしっかりした値段もそこそこする下着に一気に買い替えて、「大人の女ってこんなに窮屈で痛えのか」とストレスを感じながら毎日身につけていましたが、今考えるとそんなに嫌なら無理にする必要もないのに変な方向にエネルギーを使って、かなり馬鹿馬鹿しい行為です。

今となっては、またノンワイヤーのものにすべて買い換えようかと考えているくらいです。


 

見た目は大事だけど、見た目だけでは分からない



私は、やはりどうしても他人から見たらシスジェンダー女性に見えるだろうし、Xジェンダーという概念を知っている人に「Xジェンダーです」と言っても「今日のこの人の自認は女性寄りなのかな」と思われても仕方ないということは、これはさすがに重々承知しています(承知はしているが、それでいいとは言っていない)。

それに、もし私のような人がいたら、私はその人を見た目だけだったら間違いなく女性だと認識すると思います。



でも、あえて怒られる覚悟で言うと、やっぱり見た目は大事です。
見た目をどうするかは、重要なコミュニケーション手段の一つです。

それでも、例えば女性にしか見えない私が女性への帰属意識のかけらもないように、世の中は見た目だけでは分からないことだらけです。



なので、勿論視覚から得る情報(=見た目)も勿論十二分に参考にしますが、たとえ実際が見た目から想像したものと異なっていても、なるべくその「真実」を知った後でもあまり態度をあからさまに変えないように、最初から接していかなければならないと、よく自分に言い聞かせています。

それは、もし自分が女性自認でないと相手に知られた後に、女性だと思われていたときと明らかに態度が変わったら、恐らくそれがたとえどんな変化だとしても、少しはダメージを受けてしまうからです。



そりゃ、例えば相手が同郷だったとか、遠い親戚だったとか、取引先の人だったとかなどになれば、多少は態度は変わるとは思います。

でも、もしそれが性別だけでがらっと変わってしまうものならば、その態度は、あなたの意識は、本当に相手を尊重しているのでしょうか

胸に手を当てて皆さんに今一度自問自答いただきたいです。

 

WRITERこの記事の投稿者

Jitian

隣の凡人X~セクマイですが何か~

Xジェンダー、パンセクシャル。常駐しているTwitterと気が向いたら書いているブログもよろしくお願いします!

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