クエスチョニングのおはなし#2~初恋(らしきもの)とはじまり~|LGBT|セクマイ情報サイト 全国の店舗・団体の検索・予約も!

 

TOPICSトピックス

2017.08.12

クエスチョニングのおはなし#2~初恋(らしきもの)とはじまり~



 
こんにちは!みらいです♪
 
さて、今回は「クエスチョニングのおはなし」第2回、
~初恋(らしきもの)とはじまり~編です…♡♡(/ω\)ハズカシイ
 
前回の記事で、
 
「わたしは、愛の種類を分けられない。」
 

…な~んて恰好つけたようなこと言いましたが(笑)、
実はわたしにも、18年間の人生の中で「これはもしや恋愛感情なのでは???」と感じた経験が何度かあります。
 
今回は、わたしが自分のセクシャリティに疑問をもつきっかけとなった、ある出会いについてお話ししたいと思います(*´ω`*)
 

 

先生との出会い

 
わたしが自分のセクシャリティに疑問をもちはじめたのは、中学2年生の冬です。
 
当時わたしたちのクラスを受け持っていた教科担任の中に、ちょうどひと回り年上の女性の先生がいました。担当教科は理科です。
 
彼女は本当に理科が大好きな先生で、他の先生のように「教科書に書いてあるから教える」という印象ではなく、
 
「ほら、みてみて!!これ、面白くない!?すごくない!?」
 
…とでも言うかのように、いつもキラキラした瞳で授業をしてくださる先生でした。
 
わたしはそんな彼女のことが大好きでした。
名前を覚えてもらいたくて廊下で会うたびに話しかけたり、少しでもいい印象を持ってもらいたくて必死に勉強したりしました(そのおかげで理科の成績は5でした!笑)。
 
そんなふうにずっと「先生として大好き」だと思っていた彼女への感情が揺らいだのは、ある寒い日の帰り際でした。
彼女はいつものように、校舎の出入口のところで下校する生徒たちを見守っていました。
 
なんとなく、ポケットに突っ込まれた彼女の手に目がいって。
触れたい、と思いました。
わたしにとって、初めての経験でした。
 
突然湧いた感情に自分でも驚いて、混乱して、わたしは逃げるようにその場を離れました。
なぜだか涙が止まりませんでした。
 

 

もしかして:恋

 
「もしかしてこれが、巷で話題の“恋”ってやつですか!?!?」
 
恋に落ちたことのあるみなさんは、いつ、自分が恋に落ちたことを知るのでしょうか。
それとも漫画なんかで見るように、恋に落ちる瞬間をはっきりと自覚するものなのでしょうか。
 
今まで知らなかった感情に与える名前が見つからなくて、でもなんとなく、これが恋なのかもしれないという勘のようなものもあって。
“同性愛”というものが存在することはなんとなく知っていたけれど、当時のわたしにとっては決して身近に感じられるものではありませんでした。
 
それでもなんとなく、「わたしはレズビアンなのかもしれない」と思いました。
 
わたしはとりあえず、「恋」というものについて調べてみることにしました。
いま思えばこれが、わたしが自分のセクシャリティについて考えはじめた瞬間でした。
 
まずわたしが手に取ったのは、当時愛用していた国語辞典。
 
旺文社『国語辞典[第十版]』によると、


こい【恋】
特定の異性に強くひかれ、慕う気持ち。恋愛。
 
 
とありました。
 
(う~ん…、先生は異性ではないし…)
(じゃあこれは恋じゃない?)
(いやいや、それじゃあこの世に同性愛なんてないことになる。この定義は間違ってる!)
(じゃあこれは恋なの?他とはどう違うの?)
 
…という脳内会議をしつつインターネットで色々と調べても、明確な定義は出てきません。
 
“相手のことでいつも頭がいっぱいになる”?
わたしはだいたい、映画や本に没頭するとそちらの世界の人々のことで頭がいっぱいになります。ほんとうに、何も手につかないくらい。
これが恋愛感情なら、わたしはハリー・ポッターにも恋をしていたことになるし…
 
“いつも一緒にいたいと思う”?
彼女のことは好きだけれど、話しかけられるのは苦手でした。
姿を見ているのは心地よかったけれど、あまり近づきたくはなかったのです。
 
“性的な関係をもちたいと思う”?
前述した通り、触れたいと思ったことはたった一度だけありました。
ただ、キスやセックスをしたいと思ったことは一度もありませんでした(むしろ想像したらちょっと気持ち悪かった)。
でも、当時のわたしはまだ中学生。まわりにボーイフレンドがいる子はいましたが、「ディープキス以上は許したらダメ」という風潮があったので、必ずしも恋愛感情に性的欲求が伴っているわけではないんじゃないか、とも考えました。
 
 

“好き”のゆくえ

 
彼女への感情は一体何だったのか、わたしは今でもわかりません。
それどころか、あんなに好きだったはずの彼女の顔も声も、今はもう思い出せません。
 
ただ、彼女の存在は確実に、5年が経った今でもわたしの心の中にあります。
 
たとえばニンジンを見たとき、白衣のポケットからそれを取り出して維管束の説明をしてくれたことを。
たとえばチョコレートを見たとき、とても嬉しそうに大好きだと言っていたことを。
たとえばあるキャラクターを見たとき、ノートやプリントにいつもそのキャラクターのハンコを押してくれていたことを。
 
今日もふと、思い出すのです。
あの日から今日まで、ずっとそうやって、思い出してきたのです。
 
最後に会ったとき、彼女はわたしに言ってくれました。
 
「頑張れ!!!」
 
だからわたしは、思うのです。
 
もしいつかどこかで彼女に出会うことがあったら、『わたしは今、これを頑張っています!』って、胸を張れる自分でありたい。
 
だから今日も頑張ろう、って。
 
彼女への「好き」はそうやっていつの間にかわたしの生活に溶け込んで、いつも背中を押してくれるようになりました。
 
きっと明日もその先も、これが恋なのかはわからないけれど、彼女の言葉を思い出して頑張れる。
そういう種類の「好き」も、あっていいんじゃないかな、と思います。
 
 
 
…という感じでわたしは、セクシャリティに迷いはじめましたとさ(?)
今回はここまでです。笑
 
次回もお楽しみに☆(/・ω・)/
 
 
 
 
●前回までの記事
はじめまして!みらいです!
クエスチョニングのおはなし#1~クエスチョニングってなあに?~
 
 
Writer's Info

みらい
 

ごくごく平凡な大学生。さいきん興味があるものは演劇。

Twitter:@miR_ai_22

現在、セクマイ当事者の居場所や交流の場となる会「はろっと!ぎふ」を企画中。

COMMENTコメント

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対してレインボーライフは一切の責任を負いません